先日、「なろう」発の歴史的ヨーロッパ貴族風ラノベ「悪魔のような公爵一家」のレビューに関して、yuuさんからコメントをいただきましたので、それに対してこの場をかりて返信したいと思います。

 

 まず「 真っ当に昔の貴族社会を描き、書籍化までした作品なんて皆無」とのご指摘ですが、yuuさんは小倉ひろあきさんの「リオンクール戦記」(ツギクルブックス)を、お読みになったことが、おありなのでしょうか。

 近年、評価赤〇上昇中の「ティタン アッズワースの戦士隊」や「精霊幻想記」などなどからみると異色な作品。いまや「なろう系」読者さんたちが注目している作品なので、「なろう系」書籍、特に「中世ヨーロッパタイプ異世界もの」に関する記事に対して批判コメント、あるいは反論なさるなら、予備知識として「これくらいは押さえておいていただきたい作品です。

  さすがにyuuさんほどの反論をなさる方(ブログをお書きになっていないようなので、ブロガーさんという呼び方は、いたしません)であれば、その反論の根拠として、「ティタン アッズワースの戦士隊」や、もしくは最低必読書的な、yuuさんのおっしゃる「なろう小説」の典型だろうとおもわれる「精霊幻想記」は読了なさっているとおもいますので、これらのラノベ、プラス類似ラノベのご紹介は、割愛させていただきます。万一、未読ならば、「ティタン~」のほうは同じ戦記もの「グラウスタンディア皇国物語」や「フェンネル大陸偽王伝」などより、「異世界的にリアル」「武器、武術の描写に誤りが少ない」「ファンタジー要素と戦闘要素のバランスが絶妙」などの点ではるかに勝っており、リーダビリティが高い「ティタン~」に関しては、一読なさることを、オススメします。もう一方の「精霊幻想記」ツッコミどころ満載の(日本語が通じる異世界、高級娼館がスラムに隣接、金貨1枚で貧民が暮らせるのはたった2カ月、など、いっぱい)ラノベですので、無理におススメはしません。

 

 さて、本題です。

 「リオンクール戦記」は「小説家になろう」では、まったく別タイトルで連載されていた作品。

 まさに、yuuさんが皆無に近いとおっしゃる「リアル中世ヨーロッパ型ラノベ」しかも、それを「なろう」のなかでもテンプレな「おっさん転生もの」で実現させた作品です。

 私は「なろう」にアップされた作品のなかで、どんなに地雷っぽさがただよっていても、タイトルに「建国」の2文字が入っている作品ならば、少なくとも検索にかかるものには、すべて目を通しますし、少なくとも30話までは読みます。

  「小説は書き出し部分で評価できる」と主張なさる方も多いですが、私の経験上、必ずしもそうとは限らないからです。小野不由美さんの「屍鬼」、貴志祐介さんの「新世界より」、宮部みゆきさんの「模倣犯」、エディングスの「ベルガリアード物語」、マキリップの「イルスの竪琴」などは 「序盤が退屈」なことでも有名な作品群。岡嶋二人さんの「クラインの壺」にいたっては、冒頭の契約書パートは読み飛ばした方も多いのでは、と思います。

  ラノベあるいはライト文芸の場合「冒頭が退屈なのに、数十ページでいきなり面白くなる作品」としておもいつくのは、神坂一さんの「日帰りクエスト」(異世界の敵属性アレと遭遇するまでは退屈)、小林めぐみさんの「ねこたま」(密林で、あんなものを見つけちゃうまでは退屈で、ファンタジーでさえない)、荻原規子さんの「西の善き魔女」(故郷を出るまで、つまり1巻目「セラフィールドの少女」まるごと退屈)、上遠野浩平さんの「殺竜事件」(竜さまオワタまで退屈しかも難解)、冴木忍さんの「卵王子」シリーズ(序盤のインパクトは王妃が卵を生んじゃったよ!だけ。王子旅立ちまで退屈)、くらいしかありませんが、皆無ではないので、「建国系なろう」もそれなりの量は読みます。

 

 まあ、「建国」系はローマっぽかったり、古代モチーフの作品が多いです。

 その中で、実のところ「建国もの」といってよいかは「?」ですが、「リオンクール戦記」はヨーロッパ中世真っ只中。それも、「10世紀フランス」というモデル世界。実は、ガチにリアル中世なラノベ作品でも、いや一般エンタメでも、その多くは14世紀以降をヒナ型にしています。

   圧倒的に多いのは16世紀という「中世じゃなくて近世」。なぜかというと、この時代になってようやく 「ジャガイモ」や「トマト」を、「食卓上の皿」にのせて供しても、私のような底意地ワルい読者から、ツッコミが入らなくなるんですね。さらに、少しなら砂糖も使えるし、塩胡椒もケチケチしなくても「ピンチ」なことにならない。そして、女性にとって嬉しいのは、いわゆる「ドレス」という言葉でイメージされるような「ドレス」を着ることができます、上流階級のみですが。レースやリボンでドレスをかざるのは、まだ微妙ですが。貴族の家族構成員や上級家臣なら、どうにか個室らしきものを持てる、かな。清潔好きなお嬢さまなら、自室に専用の浴槽を運びこませて「薄地のシュミーズっぽい衣を着たまま」入浴できます。ただし、毎日だと召使いからクレームがついたりする。

  で、まだまだ利便性、快適性はイマイチなので、「鎧姿の騎馬勇士大活躍のラノベ中世」の舞台のモデルのほとんどは、「19世紀イギリス」「19世紀フランス」そして、たまに農奴がいたり、ビーツを食していたり、貴族が居館を中心とした領地を専制支配している、生活的インフラに比べて政治的インフラが遅れているなどの点から「19世紀ロシアまたはポーランドのあった土地」だったりします。「19世紀ドイツ」モデルは少ないけれど、帝国が領邦国家な点や人名から、須賀しのぶさんの「流血女神伝」が果てしなく「19世紀ドイツ」っぽいです。異世界であってもなぜか、「カリエ」や「エディアルド」「フリアナ」さんたちが闊歩しているルトヴィア帝国でいきなり 「フランシーヌ」ちゃんや「アネット」ちゃんなどが生まれると不自然に感じるんですね。須賀しのぶさんは「固有名詞」にはすごく気を遣っています。たとえば「妖怪アパート」で有名な香月日輪さんさえ、異世界もの「ファンム・アレース」では固有名詞で大失敗しているので、異世界なら「ヨーロッパモデル」ではなく、乾石智子さんのように「ヨーロッパでもアラビアでも、もちろん中華でもない」まるっきり「見も知らぬ国」を舞台にするのが、賢い方法。モデルとなる「ひな型世界」がないので、「砂粒レベルから創造」を要するわけですが。

 

  脱線しましたが、とにかく19世紀でさえたいへんなのですから、十字軍がセルジューク・トルコとの戦いに出かける前の中世なんて、それこそが「すでにして異世界」です。

  主人公、41歳のおっさん、田中氏は、いきなり10世紀フランス的な世界の貴族の令息8歳の身体に憑依しちゃうのですが、自分が 「貴族さま」それも 「伯爵ご令息」だなんて、思いもつきません。なぜなら・・・・・寝かされているベッドのシーツらしきものが、とてつもなく「臭い」。何日、いや何カ月も洗ってないことは明白。だいたい、シーツらしきボロ布が洗える素材なのかどうか、それさえ不明。田中氏が目覚めるや、歓喜の涙でハグしてきた中年のおじさん、おばさんが両親らしいのですが、農民夫婦にしか見えません。ふたりとも、ゆったりした貫頭衣をきているのですが、粗末とは言わないまでも朴訥なファッションです。少なくとも「絹!」という手触りではない。

 

  そして・・・・・

  な、なんと!・・・・・・と驚くのがバカバカしくなるほど、当然ながら、言葉が通じません。

  自分の現状を必死に推測し、どうにかこうやら立場を多少理解した田中氏は、とっさに「完全記憶喪失」を装うことを決め込みます。「記憶喪失」にあたる症状名はないものの、戦争や酒席のケンカなどで頭を打って「ぜ~んぶ忘れちゃった」はけっこう起こる状況らしく、両親、つまり父ルドルフと母リュシエンヌは田中氏いや、今ではバリアン・ド・リオンクール坊ちゃまに、すべて教えなおす教育係をつけてくれます。それが、従士という身分のジローなるおっさん。ジローは「次郎」ではなく、「Gireaut」だろうと推測できます。

  で、まずは日常会話と読み書き、つまり「言葉」です。このあたりの雰囲気は、王領寺静さんの「黄金拍車」を彷彿させます。

  そして、数カ月たち、バリアンはこの世界の常識を知るわけですが、ここがファンタジーやらなんとかに出てくる「中世ヨーロッパ的世界」と目星をつけていたにも関わらず、怒涛のようなカルチャーショック。

 

  この作品に描かれた「中世ヨーロッパ風世界」は下のとおり。

 

 「トイレ」がない! アンモニア臭ただようツボっぽいもの。「おまる」原始バージョン。「中身」はどうやら・・・・・ 窓から捨てようとは!! 「おまる」を持っているという点で、すでに貴族階級確定、しかも「富裕な貴族」。ルドルフぱぱの旧友という子爵の「城」では、床に敷き詰められた藁藁藁の下に「う〇こ」が!! 素手で触っちゃったバリアン・・・・

 

 どこか田舎町の下町の民家だと思っていた家が、実は王都の高級住宅地の「貴族の邸宅」。

 

 王都の街路に転々と散らばるのは、窓から捨てられた、う〇こ。それを、放し飼いの、いや野良かもしれない豚たちが「食べて」いる。その豚を人間が食う→う〇こになる→それを、豚が、という「食物連鎖」

 

 ふつうの「平民」だと思っていた「召使い」たちは、じつは全員「奴隷」です。「奴隷」は「豚」同様たいせつな財産なので「働ける間」は虐待されたり、酷使されたりしない。女奴隷が「子」奴隷を生むと「財産」が増えるので主人は大喜び。

 

 暖炉がない! どうやら、あと600年くらい経たないと、暖炉は出現しないっぽい。冬の気配が漂うころ、召使いたちが脂シミと食べ物汚れいっぱいの「食卓を片付ける」・・・・・すると、囲炉裏が出現! 囲炉裏に煙突はつけられない。じゃんじゃん燃やされる薪。煙、煙、煙で住人全員、燻製状態。女性にとっては「美肌」も何もあったものではない。美しい金髪の乙女がいたとしても、ほとんどシャンプーしない脂ぎった金髪が煙で燻されるわけで・・・・・冬はたぶん、ロマンスには不向き、と推測される。

 

 「平民」はただの「ふつうの住人」ではなく、れっきとした「中流階級」。なので人数はメチャ少なっ! 従士として貴族に仕えることができるのは、平民の男たち。なので、武骨なジローちゃんも、上から数えて2割しかいない「身分が高い」若者。そう、おっさんだと思っていたジローちゃんは、21歳になったばかり。

 

  教会では「教育」を受けられます。しかし、神父はほぼ全員「貴族」の出。なので、生徒もタメな身分じゃないと・・・・・きまずい。

 

  目覚めてから、バリアンが目撃した食器は「酒杯」「椀」くらい。「皿」がない、ということは・・・・・・

  スプーンはあるが単なる「食卓」のアクセサリー。なくても皆、気づかい。男たちはたぶん一生、スプーンを持たない。スープは「具」を手づかみで食する。

  スープさえ手づかみ、ということは、メインの肉料理も、もちろん手づかみ。しかもナイフ(フォークは見当たらないが、ナイフ、すくなくとも刃物は食卓で目撃した)で切り分けたり、なんて悠長なことはしない。自分が食う分だけ両手で引きちぎる。豚や猪の脚一本食べると「勇者」と言われ尊敬される。肉つまりタンパク質中心の食生活かつ「武術訓練」という「重運動」結果「貴族の男」「従士」は、もれなく筋肉モリモリである。

 

  まだまだ続くカルチャーショック。

 

 しかし、あっという間に慣れてしまうバリアン。転生後も41歳分の体験と教育でアップしていたはずの精神年齢が、どうやら日ごとに幼児化しているらしい。まだおとなの理解力と分別をとどめている頭で、彼はその現実に気づきます。それはもう・・・・・・忍び寄る「恐怖」です。

 

 ラノベに限らず、ここまで忠実にに中世を「再現」した作品は、ほかには洋画「モンティ・パイソンと円卓の騎士」くらいではないかと思います。時代は「15世紀フランス」とくだりますが、以前ご紹介した王領寺静さんの「黄金拍車」もかなり史実に忠実、特に「城の牢」の描写は迫真的。戦争で、敵を殺さずに捕虜にする、という点で中世ヨーロッパの戦争は、それほど野蛮ではなかったという「学説」が流行った時期があったそうですが、捕虜の行き先が「あの牢獄」だとしたら・・・・・必ずしも「首よこせ」な首狩り族・日本人の戦争が「野蛮そのもの」と断言できるかどうか。中世の牢獄の酷さについては、殊能将之さんの「キマイラの新しい城」でも言及されていましたが・・・・・・捕虜が折り重なった状態で投獄され、生きることが可能な最低限の泥水とレンガのように硬いパンだけを支給され、毎日、下敷き状態の「下層部」の捕虜から順に圧死していく投獄生活のどこが「野蛮ではなく人道的」なのか。

 

  反面、「敵対国」ではない「同国内の貴族間の戦争」が、一種のデモンストレーション的なゲームだったということも「リオンクール戦記」には明記されており、開戦から和睦(ほぼ100%和睦で終わる)までの「各種イベント」について、おもしろく学べます。戦場を走る馬ですが、サラブレッドでもない、短足、ずんぐり、その上、剛毛でけむくじゃらの馬。体高が低いために子どもでも乗れる。しかし、スマートでヒロイックな「白馬の騎士」なんて、探すだけむだ、です。

 

  「戦記」といいながら、序盤は日常の描写がひたすら続くだけなのに、これが、興味津々な内容、飽きることがありません。

  しかし、序盤が過ぎるあたりから終盤にかけては・・・・・・

  別の意味でリアル。安直な「俺つぇぇぇ」ですべて解決なんてありえないわけなので。

 

 出版されて1年以上たっていますが、「なろう」サイトで読めますのでリンクを張っておきます。

 

https://ncode.syosetu.com/n4662ec/1

 

  物語もしだいに波乱含みの展開になりますが、前述のように 「10世紀フランス生活マニュアル」的な読み方が面白いかと。

  ただ、残虐描写、現代的視点では非人間的描写・人間性の軽視てき主人公の行動描写がありますので、そのあたりはご了承ください。

  

 バリアンは強い男になりますが、もとから血統的に能力値が高い少年が、あれほど苛酷な訓練で武術を叩き込まれるわけですから当然強くなります。はたして「チート」な「強い」主人公たち多々は、自分たちの振るう「武」の基本が理解できているのでしょうか。

  

  ものすごく、納得、賛同できるのが、「一番強い男」が軍隊式な緊張感バリバリで構えているわけではない、ということ。一見、体中の力を抜いていて「ぼーっ」と脱力しているかに見える。これが真に実戦むきな日常態勢。マンガ「私を月までつれてって」の宇宙飛行士ダンも、「マスター・キートン」の平賀・キートン・太一も、いつもこのポーズです。なぜ、それが強いと言い切れるかというと、私自身、小学校入学以降かなりの年月、合気道を学んできたから。私もふだん、いつもリラックスしているように見えると思いますが、急に正面や側面から攻撃されても、確実に対応できると思います。なので、内心ガクブルなのに強そうな構えをしてると自認にている武道の素人さんは一発で弱点が見抜ける、というか、バレバレです。

 

  武術を例に取りましたが、基本 「根拠のないこと」、「又聞きの生知識」をブログやコメントに書くことはありません。

  ですので「公爵一家」の記事も「たまたま」しかも「わざわざ」、「なろう発ラノベを読んで」思いついたことを書いたわけではありません。「なろう小説」はスマホでも読めるという環境にもあるので、ファンタジー系なら2年前の評価数から換算すると、その当時、すでに200作以上読みました。気に入ったものが出版されれば読みなおすこともあります。ファンタジーに限らず「短編扱い」のショートショートは、100作にあまる傑作に恵まれました。いくら佳品でもショートショートが刊行されることはほとんどないと思うので、出版社はお宝をむだに埋没させているな、と。印象的なショートショートは「あるもの」の一週間にわたる「変化」を書き綴ったもの。これで「なろう」の世界に関わったので、「なろう」が個人サイトから会社運営サイトへ変わった当時の作品です。それ以前の「なろう」は大多数が二次だったので、読んだのはわずかです。

 

 また、なぜラノベをこんなに読んでいるかというと、仕事上、あらゆるカルチャー、特にサブカルには目をとおす気構えがないと、会社にとっては役立たずの給料泥棒になってしまうのですね。

  その一方、ミステリー系読書は「趣味」です。

  

 さて、「なろう」は魅力的な作品の発掘が、宝探し気分で楽しめる世界ですが。

 「なろう」に抵抗感がある方もいらっしゃると思うので、ふだんは記事として上げることはありません。

  「公爵一家」に関しては、ラノベとしては高価なこと、ネット上のレビュー数が充分でないこと、私自身これほど「読んで損した」と思った「なろう」作品はなかったことなどから取り上げました。

 

  yuuさんへ、「中世ヨーロッパ以外リアルラノベ」(たとえばコバルトのM様の長寿作品。どの作品か察しがつく方もいらっしゃるかと)、そして「リアル異世界なろう」に関してお知りになりたければメッセージでお伝えしたいところですが、ブログを書いていらっしゃらない上、メッセージボタンすら未設定なのですね。完全に有名ラノベ「T」に表現を借りるなら「アクセラレータ」ですね。私の好みのキャラではありませんが。

   コメントしほうだいなのは、たいへん結構ですが、ブログ記事を書くとき、ブロガーさんたちが、どれだけ思いを込め、どうすればネットのむこうで読んでくださる方々に想いを伝えられるか考え抜いた結果としての記事をアップするのか、書き手の心情に対して想像力を働かせていただければ、とおねがい申し上げます。