こんにちは
えりもですニコニコ

知り合いのいない東京に去年越してきました

戸惑うことも多いけどなんとかやってます😊

身内の結婚式💒で
久しぶりに地元の九州に帰ってきました。 

今は東京に住んでいるので、
帰省するのはそう簡単ではなくて、
距離も遠いし費用もそれなりにかかります。 

だから「帰る」と決めたときは、
予定を組むところから、
ちょっとしたイベントみたいになります。 

もう空港にはクリスマスツリー🎄一年早っ 


地元に住んでいた頃は
友人と会うのに困難は少なめでした。
とくに日程調整🗓️

それが今では、
年に数回しか帰れなくなり
「会いたいね」と言いながら
なかなかタイミングが合わないことも。

久しぶりに会えた友人たちと話していると、 

みんなそれぞれ違う時間を生きているんだなぁ

と改めて感じます。  


結婚が早かった友人は、
もうお子さんが就職していて、
 「やっと自分の時間が増えたよ」と言い

一方で、40代で結婚し現在小学生の子どもがいる友人は、 「夜はなかなか出られなくて泣き笑い 」と言っていました。


 同じ年代でも、置かれている状況が全然違って、 “会いたいね”の一言の重みも人それぞれなんですよね。


天神にカフェキツネできてた🦊 

それに、帰省のときはもうひとつ大切な予定があります。 




親との時間です。 
親もだいぶ高齢になってきたので、 
「元気にしてるかな」と思いながら、少しドキドキして帰ります。

 前回の帰省時にショックを受けたこともあり 


見た目とか言動とか

何も変わってませんように…と祈りつつ




できるだけ一緒にご飯を食べたり、

買い物に行ったり、

そんななんてことない

日常の時間を大事にしたいと思っています。



限られた滞在の中で、

友人との時間も取りたいし、

親との時間も取りたい。



 どちらも大切だからこそ

「誰と会いたいか」「どう過ごしたいか」

を意識するようになりました。 



前は

帰ってただひたすらのんびりするタイプだったので ニコニコ



50代になって感じるのは、

 “時間はあるようで、意外とないかもしれない”

ということ。 





子どもが大きくなって

自分の時間が増えた人もいれば、


親の介護が始まって、

また別の忙しさの中にいる人も。 



決して人ごとだと思ってたわけではないけど

より近くに感じてきたのは確か 凝視



だからこそ、

「今会えるうちに会っておこう」

って思うようになりました。



 この前、ある友人に

「次はまたゆっくり会おうね」と言われたとき、 ふと、



“次”っていつなんだろう、と考えました。

一年後かもしれないし、

三年後かもしれない。

もしかしたら、当分会えないかも?




「また会える」が当たり前だった。

でも今はそれが当たり前じゃないこともある。 



だからこそ、 

会えた時間のありがたみが、

胸にじんわり残りますおねがい



 次の帰省は、

またしばらく先になりそうだけど、 

できるだけ誰かの顔を思い浮かべながら、 

“会おうね”と声をかけられるようにしたいです。 



会えるうちに会う。 話せるうちに話す。 当たり前のようで、 今の私には、それがすごく大事なことに思えます。



最後まで読んでいただき 

ありがとうございますおねがい


stand.FMやってます下矢印