こんにちは。

 

今日は仁さんのこのブログに

私のコメントが載ってて

朝から大はしゃぎ♡

※上から5個目の熱性けいれんのやつ!りんごって書いてある~

 

しかし、

本来は「京都Beトレ」って書くとこに

「京都Be」しか書いてなかった・・・

やっちまった・・・

 

自分責めからはなかなか抜けらんない

りんごです(笑)

 

 

・・・ま、誤字も「たまたま」やけどなっっっ!!!

 

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さて。

 

そんな風に浮かれている私もいるけれども

 

この金木犀の季節が来ると

私は15年前のある出来事を思い出す。

 

それは

いつまでたっても私の心を少し曇らせる出来事。

 

命のはかなさと重みを感じさせる

そんな出来事。

 

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それは、

突然だった。

 

ある日曜の夜。

私は自宅で当時付き合っていた彼氏と

ビールを飲みながら

のんびり夕飯を食べていた。

 

たわいもない話をして

二人でもりあがっていたところに

 

突然、固定電話が鳴った。

 

普段からあまり固定電話には出なかったのだけれど

その時はなぜか

ふと

これは出た方がいいなって思って

 

電話に出た。

 

職場の同僚からの電話だった。

 

「4年生の❍❍君がまだ家に帰っていないの!」

「みんで捜索に行くんだけど、出てこられる?」

 

そう言われ、私は嫌な予感がした。

 

でも

歩いて行けない距離ではなかったけど

もうビールを飲んでしまっているし

暗い中一人で歩いて行くことも怖いし

少し無言でいると

 

同僚が

「あ!この時間だともう飲んじゃってるか!」

「強制じゃないから大丈夫だよ~」

「またなんかあったら連絡するね~」

 

そう言ってくれた。

 

私は少しホッとして

そのまま自宅にいることを選択し

 

彼にそのことを報告したら

「大丈夫?行きたかったら途中まで一緒に歩くよ?」

と言われたけど

 

結局、

捜索に加わるのをやめてしまった。

 

 

それから1時間ほどして

また

電話がなった。

 

見つかったよ~!という電話であることを期待して

電話に出た。

 

 

 

「❍❍くん、ダメだった。」

 

 

その意味を理解するのに、かなりの時間を要した。

 

ダメだったって何?

どういうこと?

 

聞きたいことはたくさんあったけど

怖くて聞けなかった。

 

「詳しい状況はまた明日学校で話すね。」

 

同僚はそう言って

電話を切った。

 

 

翌日職場では

 

❍❍くんは友達とかくれんぼをしている途中に

自宅マンションの敷地内にある公園の滝に落ちて亡くなった

一緒に遊んでいた子達のことも心配だから

しばらくは様子を見て欲しい

 

という説明がなされた。

 

私は顔をあげられなかった。

 

 

彼が亡くなったことショックだったけれど

ビールを飲んでのんびり家で過ごしていた私と

冷たい水の中で亡くなっていった彼の

そのギャップに

 

申し訳なさ過ぎて

辛くなってしまったのだ。

 

3日後お通夜に出かけたときも

幼いまま命を失った彼に対して

本当に申し訳なくて

 

彼を失った悲しさとともに

私のふがいなさや

捜索に行かなかった後ろめたさで

 

苦しくて苦しくて仕方なかった。

 

 

そこからしばらくお酒を飲めなくなり

固定電話がかかってくる度に体が固まり

付き合っている彼の顔を見ることもしんどくなった。

プライベートの楽しいことをするのも申し訳なく

とにかく

家に籠もってすごした。

 

でも

職場では

自分の罪を帳消しにしようとばかりに

早朝から深夜まで

一生懸命働いた。

 

今生きている子を無事に家に帰すんだ

命を大切にできる子を育てるんだ

 

そんな事にすごく力を入れるようになった。

 

今思えばそうやって

自分の罪をぐっと隠すように

光の方へ光の方へ

とにかく闇雲にむかっていたような気がしている。

 

 

年単位の時間を過ごし

だんだんと自分の生活が元通りになり

生活の中の楽しいことを自分に許可できるようなっていったけれど

 

それでも

この

金木犀の香りが漂う季節になると

 

なんともいえない

あの時の

悲しさと申し訳なさが

よみがえってきてしまう。

 

 

私が捜索に行ってたって

起こった出来事はかわらなかっただろうし

誰も私の事を責めてなんかいなかった。

 

今になればそれはハッキリとわかる。

 

でも

あの頃は

よく保健室に来ていたかわいらしい命が亡くなって

気持ちの置き所が無くて

途方に暮れ

自分にその責任の一端を担わせることで

悲しみを薄れさせないようにしていたんだと思う。

 

それは、今も。

 

 

あの子が生きていたら

もう立派な青年だ。

あの頃の私とちょうど同い年くらい。

 

時が経つのは早いなぁ・・・。

 

 

あなたのかわいい笑顔、私はっきり覚えてるよ。

保健室に来たときのちょっとおどおど話すとことか

妹がいるとちょっとお兄ちゃんぶるところとか

そんなとこが大好きだった。

 

 

毎年

この季節になるとあなたのこと思い出すよ。

 

私の保健室の先生としての人生で

あなたに出会えたこと

本当に大きかったよ。

 

私に出会ってくれてありがとう。

 

いつも思い出すときには

少しの悲しみが伴うけれど

でもしっかり思い出すよ。

 

 

そして、私は私の幸せをしっかり見つめて

今日も生きてるって事を実感するんだ。

 

 

私、生きてる

 

ってことを。

 

 

 

金木犀の季節に思う。

 

あなたに会えて

本当に良かった、って。

 

 

本当にありがとう。

 

私結構冷たいから

思い出すのはこの季節だけかもしれないけど

 

でも

これからも

一緒に年を重ねていこうね。

 

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今日も、風が気持ちいい。

晴れた日の午後の自宅にて。