それはたぶん広島へ行く前、ちょうどこの記事の前ぐらいのことです。
▶︎想いは表に出さないと無いのと同じ【四柱推命マンツーマン講座・初級編】
▶︎動いてみてはじめてトラウマがあったことを思い出した【6月・広島】
突然、自分の中に入ってきた言葉がありました。
「さようならの旅路」
あまりに唐突すぎて意味がわかりませんでした。
ちょうどこのころは2019年に「会いに行きます」と約束した方のところへ
ようやく訪問する約束をし始めた時期でした。
2020年はコロナ禍が始まり、実父の突然死や娘2人の受験があって動けず
コロナ禍が続く2021年は私が行くことは迷惑じゃないかとか考えて動けず。
本質部分に「戊」がある私は、それほどフットワークが軽いわけではないので
あれこれ考えて動けずにいたわけです。
「教えてほしい」とリクエストいただいて2022年1月から再開した四柱推命講座に
遠方の生徒さんがいらっしゃいました。
「手で命式を出す」をカリキュラムはどうしても直接教えたい。
それをお伝えして九州まで行ったのが2022年4月のことでした。
動けるようになった私は
翌5月に東京に国立科学博物館の特別展へ行くことを決めました。
そして「慣れたもんだぜ、ふんふーん」とばかりに予約もサクサクとこなして・・・
当日、出発する空港を間違えました😂
ここまでひどい失敗をやってしまうと
もうあとは何も怖くありません。
制限がなくなった私は6月から
仕事、プライベート含めてがんがん遠征し始めます。
6月
改めて数えてみたら6月から10月までの間に
泊まり、日帰り、どちらも合わせて10ヶ所を訪れており
この期間に大阪以外にいた日数は25日間でした。
(東京と福島、山形を往復した日は福島、山形で1日で数えました)
これだけいろいろな土地を回り終わるころには
「さようならの旅路」という言葉も
そんなこともあったねくらいにしか思い出さなくなりました。
少し脱線しますが
いろいろな不思議なことは誰にも起こりますが
その意味がわかるのはずっとあとになってからということのほうが多いように思います。
わからないときは考えすぎずにいったん手放してしまうと
ふとした瞬間に答えが返ってきたりします。
実際、私も「さようならの旅路」の意味がわかったのは
11月に入ってからでした。
12月にもライブに2回行きますが(まだ行くのか)
私がユニコーンを追いかける旅は10月でいったん終了しました。
さまざまな偶然が重なって
自分にとって一番トラウマになっていた「すばらしい日々」をリアルで聞いたとき
30年の間持っていたいろいろな感情や気持ちが終わったんだなと感じたのです。
意識してやっていたわけではなかったのですが
過去に「会いに行くね」と約束した方に連絡していたのも
ユニコーンを追いかけているのと同じで過去と向き合うことでした。
過去の約束を叶えることが目標だったわけではなく
「会いたい」と思った過去の私の気持ちを
1つ1つ終わらせていく作業をしていたのです。
何年も経ってからだったから
お会いできた方もいらっしゃいましたし
お会いできなかった方もいらっしゃいました。
ご連絡をできなかった方もいらっしゃいます。
お会いできないとお返事いただいたときは
あのときすぐに会いに行っていればと心がちくりと痛むこともありました。
けれども過去に「会いたい」と思った自分を
そのご連絡をすることで終わらせられたのだと思います。
お会いできた方もお会いできなかった方も
またその方と道がまじわることがあれば会えることもあるかもしれません。
もしかしたらもう二度と会えないかもしれません。
でもそれでいいのだと思うんです。
お互いの人生が交差する一瞬に心を尽くせればいいのだと思う。
「過去にした約束を終わらせる」は少しずつ終わりに近づいています。
そしてその経過の中で
「ユニコーンにまつわる30年間の何か」を終わらせることもできました。
この2つだけだと思っていたのですが
私が気づいていなかったところでもう1つ過去を閉じる作業が進行していました。
それに気づいたときに
「さようならの旅路」の意味がはっきりとわかりました。
きっかけは10月の東京滞在の宿泊地を決めたとき。
普段は往復の交通費と宿泊費が一緒になったパッケージプランで予約するのですが
このときの滞在は5泊と長かったので、思うように予約できませんでした。
なので、交通手段と宿泊を別々にとったのですが
普段し慣れないことをしたので上手くいかずにイライラしていました。
それを見かねた夫が「ここはどう?」と提案してくれたのが10月に泊まったホテルでした。
そこは自分が滞在する場所として考えたこともない場所で
不便な場所だと思い込んでいましたし、泊まるメリットが思いつかなかったのです。
10月の東京へ行く前に、妹にこのエリアに泊まるねんと話したとき
父が関わっていたホテルが近くにあるねという話になりました。
(私はすっかり忘れてました。ごめん、おとん)
そんなとこ泊まれへんわと笑って言いました。
そのときは父が関わったホテルは
いくら検索してもまったく出てきませんでした。
10月に実際に泊まったその場所は居心地がよくて
東京に滞在するときはまたここに泊まろうと思いました。
そして12月の東京滞在では
全国旅行支援の影響でホテル自体が値上がりしており
パッケージプランのほうが安いなと思いながら
10月に泊まったエリアで適当に検索していました。
そのとき1番最初に出てきたのは父が関わったホテルでした。
私にとっての父は
「家族に迷惑をかけて亡くなった人」でした。
父のようになってはいけない
父のように振る舞ってはいけない
そんなふうに思っていました。
私よりも霊感がある母や妹は夢に父が出てくるらしいのですが
私の夢には出てきません。
(さびしいとは思わないけど、なんでやねんとツッコみたい)
なので、まさかこんな形で関わってくるとは思いもしませんでした。
このときようやく「さようならの旅路」の意味がわかりました。
私にとっての「さようならの旅路」は
過去に開いたままの手帳やブラウザのタブやスマホのアプリを1つ1つ終了させていくように
自分の過去を1つ1つ拾い上げてお別れしていくことだったのです。
今年はかなりのスピードで自分自身のためにお金も労力も時間もつぎ込んだので
変化していくのも早かったですし、お金を含めた豊かさの回り方も大きかったです。
でもこれが私の全部ではないなというのもなんとなく気づいていました。
私は「自分の内側に原子炉がある」と表現される宿命を持っていますが
過去が開いたままだったから、今現在のスピードも上がりきらなかったのでしょう。
特殊な宿命は持っているとラッキーということはありません。
むしろきちんと生かしてあげないと
自分にとっても周囲にとっても毒まっしぐらです。
(そして、そういう方はお客様でもたくさんいらっしゃいます)
この「きちんと生かす」の中には「空回りをなくす」も含まれます。
過去が開いたままで行動していても、どうしても空回りしてしまいます。
長々と書いてきましたが
私が「さようならの旅路」とたとえたような道を
たどらなければならないときが誰しもあると思うんです。
無意識で行うときもあるし
意識して行うときもあると思います。
楽しいだけではなくて
痛みをともなう作業かもしれません。
けれどもそれができたら
内容は人それぞれ違うかもしれませんが
必ず何かが返ってきます。
今回の私の場合は豊かさの循環のスピードが変わりました。
今の私には不要なものを終了させられたから
処理スピードが速くなったからだろうと思います。
「さようならの旅路」の意味がわかったころに
「すずめの戸締まり」を見ました。
若干のネタバレになってしまって申し訳ないのですが
映画の中で扉を閉じるために
かつてその土地にいた人たちの気持ちを呼び起こします。
そしてこの物語は土地を悼む物語だと
監督によって語られています。
私がしていたことも
相手にご縁のある土地を訪れることで
土地の力を借りて自分の過去を終わらせる行為だったのかもしれません。
その方と会いたいとその方の住む土地へ行きたいの2つを同時に叶えているからです。
今年は自分の過去を閉じていくために必要な時間だったのだなと
映画を見ながら考えていました。
2021年に「お金にどんなイメージを持っていますか?」と質問されたとき
私は自分のお金はギリシャ神話のゼウスのようだと語ったことがあります。
勝手にやってきて富をもたらしたり
勝手にやってきて厄災をもたらしたり
けれども必ず最後は私のところに帰ってくる。
これがそのときに語った、私の思う「お金像」であり「ゼウス像」でした。
それは父のイメージにどこか似ていました。
父の軌跡をたどって12月に父についての過去を閉じたとき
また1つ自分の中にある豊かさのイメージが変わるのかもしれないなと思っています。
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