その後。 | はなうた日記

はなうた日記

今日もぼちぼち。

突然のアンサーの訃報の記事に、コメントやメールを寄せてくださったみなさん、
良いねしてくださったみなさん、読んでくださったみなさん
ありがとうございました。

ブログに状況を書いて、みなさんとアンサーの話をさせていただいたことで、
私の気持ちはずいぶんと落ち着いたような気がします。
本当にありがとうございます。

気を抜くと、どうしても アンサーのいない現実を受け入れがたくて、放心状態になってしまいますが^^;
それでも、目の前の雨にぬれる梅の花を見ながら、なんとかかんとかやっています。


アンサーが亡くなってからのこと、
私の覚え書きと、ひとりごとになりますが しるしておきたいと思います。

一部、僅かですが遺体の描写の文章があります。 キツイかなと思われる方はどうか無理せず、とばしていってくださいね。




朝、倒れているアンサーに縋って、泣きながら何度も何度も名前を呼びました。
戻ってきてほしかった。
私を置いていかないでほしかった。

今にも、起き上ってぶるんぶるんと身を震わせそうなのに、
起きてはくれませんでした。

オットゥから、まだ登校前だった子供たちに知らせがいって、
みんなが、アンサーの馬房に集まりました。
みんなでアンサーの顔と身体を綺麗に拭いて、ブラッシングしました。
子供たちの学校には遅刻していくと連絡を入れ、あとから車で送っていきました。

その車中、泣き止まない次男に長男が
「おまえ、学校行ったら、もう そうやってめそめそしたりするんやないで。」と言いました。
「悲しかったら、悲しいで泣いたらええよ。」と私は思わず言いましたが、
おそらく 遅刻して行って弟が学校で泣いていたりしたら、 兄である長男が色々人に聞かれるでしょう。
その時、自分が涙を流さずに説明できるか心配だったようです。
もう中一男子となれば、人前では泣けんか。 いつのまにか男になったな。

長男が生まれたときには、もうアンサーはうちに居たのでした。

結婚して、私は知り合いも誰もいない見知らぬ土地で、
当時 朝晩の境と、プライベートがない職場の中に住むことになって、精神的にボロボロになっていました。
もう限界ギリギリっていう時に、アンサーを引き取ってもらえないかという話が来たんだった。
アンサーがいる生活は想像した以上に楽しくて、今まで思いも及ばなかった 子育てすら、やってみたい・・・
アンサーが傍にいてくれるなら、出来る と思えました。
その後 3人の子供を授かりました。
どの子にも、アンサーは 時に厳しく、時にたっぷり甘えさせてくれました。

色んなことがあったなぁ。
いまだに三男にはちょっと甘かったよなぁ。
長男のことはもう一目置いているようで、
最近、次男の所もちょっと大人になったと認めてくれていたなぁ。








新しい場所でも、一緒に生活・・・


出来ると思っていたのに。








亡くなる前日の22日。
家族みんなで作ったアンサーの新しい厩舎は完成したのでした。


今週中には馬場に砂を入れて、週末にはアンサーの引っ越しになる予定だった。






・・・・・・・・・・・・


人間視点からだけれど、
大きな動物は生きていくのも大変なら、亡くなるのも大変です。

自宅の敷地内に、アンサーを埋葬したい気持ちがありましたが、
馬の巨体は微生物が分解してくれるまでに時間がかかります。
衛生的な面も踏まえて、それはできません。

県内の業者さんがアンサー遺体の処理を請け負ってくださることになりました。

24日の早朝。

業者さんの所に運ぶため、アンサーをトラックに乗せることになりました。

オットゥが、
「アンサーの肢にロープをくくりつけて、重機で引っ張ってアンサーを馬房から出すよ。
 その後、ショベルカーで多少、らちに押し付けながらすくって、トラックの荷台に載せるよ。
 いい?大丈夫?」
と聞いてくれました。 

うん。大丈夫。

無事に、やんわりと 荷台に乗ったアンサーの遺体。


そうだ!
その時、オットゥと二人で思いつきました。

一緒に新居に帰ろう!


果たしてアンサーは、トラックの荷台に乗って、
梅の花が満開の我が家に、一緒に帰って来ることが出来ました。




アンサーの乗った荷台から見た、梅畑。 昇ってくる朝日。
この真っ白い中に、真っ黒なお前がいたらカッコ良かっただろうなぁ。




風が吹いてきて



アンサーを乗せた荷台に掛けた、ビニールシートが大きく盛り上がりました。
アンサーが大きく深呼吸したみたいに見えました。



そうしたら、
さっきまで・・・
まるでまだ生きているみたいだったアンサーの目が どんどん白濁していっていました。


あぁ、もしかしたらアンサーの魂は、
倒れてから この身体にとどまっていて

今 ここで、魂が抜けたのかなぁ と思いました。




みんな一緒の この新しい場所にやって来て


アンサーの魂は、みんなで作ったこのアンサーの厩舎に宿った と思いました。







アンサーが引っ越してきたら・・・と、子供たちが楽しみしていたことは、
学校に行く前に、アンサーに
「アンサー、行って来るね。」と声をかけてから出かけられることでした。

もう死んでしまったけれど、
今日一回だけだけど、
「アンサー、行ってきます!」と声をかけて、長男と次男は学校に行くことが出来ました。




お父ちゃんはその後、すこし仕事に戻って

私は、家の中から時々アンサーの乗ったトラックを見ながら 家事をしました。
気持ちがすごく落ち着いていました。

アンサーもここに来たかったんだなぁと思いました。

急に心臓が止まって、一番びっくりしているのは、
アンサー、おまえ自身かもしれないね。


お父ちゃんが戻ってきて、
三男と私と、荷台にアンサーの亡骸を載せて、 トラックは業者さんの所に向かいました。

アンサーと(魂はもう抜けているけど)初の長距離ドライブだね。 と3人で話しました。

ちょっとだけ寄り道した海。


アンサーと見た、初の海。


業者さんの所について、荷台から下ろされたアンサーの亡骸は、
また、さっきとは違う顔をしていました。
なんだか見ず知らずの馬のようにも見えました。
 オットゥに話すと、彼にもそう見えたと言っていました。

でも、やっぱり愛おしい私のアンサーの身体でした。

請け負ってくださった業者さんは、とても親切な方で
たくさんお礼を言って帰ってきました。






アンサーがその姿を消してしまって、
一日一日がすごくゆっくりだけど、
彼は遠くに行ってしまったのではなくて、ずっとそばにいるんだなぁと感じます。
あの胸前、あの首に抱きつけないのは本当にさびしいけれど、
でも、
アンサーのすべてを、
私も、私の子供たちも、夫も 
絶対に忘れない。忘れようがない。 
アンサーが全身に 沁み込んでいるから。


アンサーが亡くなった日の当日は、出来上がった馬房をどうしようか、、、と家族で話していたくらいでしたが、
だれもが、翌日のトラックで新居に合流したアンサーが 新厩舎に宿ったことを疑わず、
新厩舎もそのまま厩(うまや)として、馬場にも砂を入れてしっかり完成させることに決まりました。


先代犬 かばちょが 半年後にタックルを連れてきたように、

先代猫 とらじが、2年後に紅葉をつれてきたように、

この先いつ アンサーが、生きぬくべき お馬を連れてきてもいいように、
私たちの厩舎と馬場は完成させることになりました。



アンサー、おまえがみててくれるから、みんな安心していられるよ。

これからも、見守っていてね。
ありがとう。
大好きだよ。











読みずらい、とりとめのない長い文章を
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。