まだ小さいお子さんがいる職場の同僚が、休暇を取りました。
お子さんの体調が悪くなったからです。
次の日、もう仕事に復帰していた同僚に
大丈夫なの?
と、声をかけると
母が来てくれているから大丈夫なんです。
と、言っていて
体調不良の子供のことを預かってくれるお母さんがいてよかったね
って伝えたのです。
すると同僚が
近くに住む夫の母なんですけど、
病気の時に、見てくれるだけじゃなく
毎日毎日夕方から10時過ぎまで来てくれるんです
夫は一人っ子なので…
と言っていました。
うーん、
微妙なニュアンス…
必ずしも奥さんの立場の同僚は、義母に対して感謝の気持ちだけではない複雑な気持ちがあるように感じてしまいました。
子供が小さいうちはすごく助かると思います
それでも、お義母様と
毎日夕方から夜まで一緒に過ごすっていうのはどうなんでしょうね?
私だったら気を遣ってしまって、息が詰まりそうです
そして、この先を考えたときに、子供が大きくなって、
自分たちでもうやっていけるから大丈夫です
ってどのタイミングで言えるんでしょう?
こういう事は、人それぞれ、その家によって
違うと思いますが
自分にも経験があるので、なんとなく気になってしまうのです…
うちの長女も小さい時よく熱を出していたので、私の母にも夫の母にも見てもらうことがありました。
特に
私の実母は、家事から子育てからいろんなことを助けてくれて本当に感謝しています
母がいなかったら、仕事は続かなかったかもしれません
だけど、子供が大きくなってきたときに、
もう大丈夫だからね
ってどうしても言えなかったです。
母は娘と孫たちに全てを捧げているようなところがあったからです。
お母さんに来てもらわないと、うちは回らないから
と言うと、嬉しそう。
実際、そうだったんですけどね。
母は、子供たちが高学年になった位に病気になってしまったのですが、それでも私たちのことをずっと心配していました。
月曜日と水曜日と金曜日に行けなくなっちゃう…
もう来なくても大丈夫だよって
それでも言えなくて
お母さんに早く良くなってきてもらわないとうちも大変
みたいに言っていました。
もし母が亡くなっていなかったら、この先どこかで
もう自分たちでやっていけるから、お母さん来なくて大丈夫だからね
って言わなきゃいけない時が来たんだと思います。
もう母にとっては手伝っていたと言うよりは、生きがいになっていたのかもしれません
必要とされていることそのものが喜びだったかもしれません。
娘たちが、中学生高校生になった頃から、多分、週3日のサポートは必要なくなっていったと思います。
その時、
・母と自然に距離が取れたのか
・寂しさを感じたのか
・気まずさが生まれたのか
それはわかりません。
答えが出ないままです。
だから、今回、同僚の話を聞いて
この先どうやって折り合いをつけていくんだろう?
って考えてしまったのです。
人の助けと言うのは、足りない時も苦しいけれど、充分もらった後の卒業もまた難しいものなんだなぁと感じました。
まあ、あとは毎日来るのが義母っていうのもいろいろ大変そうですけどね…。
(そこは、人それぞれですよね)

