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三連休最終日は、サ高住に住む父を連れて、お墓参りに行ってきました。



墓地はお彼岸を含む三連休のためか、とても賑やかでした。

亡くなった母が寂しくないように、この日に行くことができて良かったなと思います。



今回のお墓参りでは、大きな報告がありました。



・長女の結婚

・次女の大学卒業と就職



です。


私もまだ、仕事頑張ってるよにっこり


って最後に付け加えました。




長女にも次女にも愛情をたくさん注いで、子育てを手伝ってくれた母。




母がいなければ、絶対に仕事を続けられなかったと思います。




母は、1950年(昭和25年)に、東北のど田舎に生まれたので、お勉強はできたのに自分の望む進路を進めなかったそうなんですショボーン



同郷の父(父の方が町出身)と結婚して東京の郊外に住み、私と弟を育てました。




ずっと自分の夢を諦めていた母は、私に夢を託したんだと思いますキョロキョロ



すごく教育熱心な母でした。



小さい時から、


あなたは大学に行って好きな仕事をしなさい学校


って言われて育って、

そうするのが当たり前だと思って育ちました。



そして母の念願通り、今も私は仕事をしています。



人のせいにしてはいけないけれど、だいぶ厳しく育てられたので、


第一志望の大学に合格した時は、もう私は燃え尽きていて、最低限の単位を取る他は、何もせずに卒業しましたランニング




就活も逃げ回っていたけれど、大学4年間を自由にさせてくれていた母の圧も再び高まり、

無事就職真顔(危なかった〜、怖かった〜)




ずっとずっと、職場(職種にも)馴染めず、いつも辞めたかったですチーン



結婚して娘たちが生まれてから、病気がちで休んだり、立ちいかなくなりそうだったりしましたが、



・夫の理解と(?)

・母の手厚いサポート、

・共働き公務員だった退職したばかりの義母のサポート



のおかげで続けることができました。


私には、大応援団が!!日本

(ありがたい)


仕事を続けるしかなかったですショボーン



ようやく仕事にも慣れて、子供達も小学生になり、お金も溜まって大きな旅行に行けるようになって、



こんな生活も良いかなあキラキラ



って、仕事も楽しめるようになった頃、


母が病気になりました気づき



沖縄リゾートホテルで優雅でラグジュアリーな家族旅行を満喫している時に、母の病気は分かりました。



でも、家族旅行が台無しにならないようにって、

しばらく私に内緒にしていたんだよね泣くうさぎ



母は、治療を始めてからあっという間に亡くなってしまったけれど、


入院中も


水曜日の生協の取り込み、いけなくなっちゃう、ごめんね


とか


〇〇ちゃんたち(娘)は大丈夫かしら


とか、


私たちばかりの心配をしていましたアセアセ



看護師さんに、

「娘は〇〇で働いているんですよ」

って自慢していて恥ずかしかった…。




そして、少しずつ、母が病気になった年に自分も近づいてきているけれど、


まだ働いている私。


いつまで頑張れるんだろう?


って思います。もう母は見ていないのに…。



ずっと仕事を辞めたかったけど、


今回思い切って、仕事を辞めるのだったら、

やりたい仕事を希望して、一生懸命やってみてからやめよう!って決意しました。




面談で管理職に希望の配置をお願いしたところ、





希望が通ったんですキラキラ




もうしばらく、頑張ってみようかなと思いました。


無理はせず、でも自分のできることをちょっと頑張ってみる…


そんな感じでやってみようかなと思っています。


そして、次のお墓参りに母に報告できたらいいな。



そして



能天気な認知症高齢父と一緒に、ラーメン食べてきましたよ真顔



高度成長期のサラリーマンだった父は、子育ても家庭のことも全部蚊帳の外よ〜真顔





久しぶりにラーメン、美味しいなあラーメン


って喜んでいました。

こちらも元気そうで何よりです。



三連休明け、今週も淡々と頑張っていきたいと思います。