今日は昨日鑑定をしていて思ったことと、自分の伝統的占星術のホロスコープを見ていて思ったことを虫めがね

 

 

 

 

 

 

 

昨日お客様と話が盛り上がりました。それは考え方や生き方が多数派(マジョリティ)と少数派(マイノリティ)について。

 

そのお客様は自分が少数派と自認しており、それはその通り!と私も納得のところですウインク

 

 

 

 

 

 

そしてその話が終わったあとに思ったのが、私のお客様や友人は世間的には少数派と言われるタイプの人が多いかもなということでした。

 

 

 

少数派であるがゆえに理解されない孤独や寂しさがある人も多いと思います。

 

 

 

でも私にとっては、その人の考え方や行動が少数派であろうが多数派であろうがまったく関係がないんです。へぇこの人はそうなんだ、と思うぐらい。

 

 

 

少数派の人に、やだ!この人って変わってるわ!無理無理!とも思わないですし、多数派の人に、この人個性がなくない?とも思ったりしない。

 

 

 

私の判断基準は、世の中の物差しなんてものはどうでもよく、ある意味占いでどう出ているかもどうでもよく、自分がどう思うか、だけなのです。

 

 

 

その人の私に対する言動の中に嫌なものを感じたり、好意を感じたり、リスペクトを感じたり、見下しているなということを感じたり、自分に向けられたものの中や自分が感じたものから判断していく。

 

 

 

あ、テンポが合うかどうかもとても大事キラキラ

 

 

 

その人の考え方が変わっていようが、普通であろうが、私にはあまり関係がない。

 

 

 

だから少数派であろう人が周りに多いのかも、と手をポンと打つ拍手

 

 

 

 

 

 

 

そんな私の伝統的占星術で出したネイタルチャートを見ていくと、なかなかの「自分中心」チャート。

他者に対する奉仕や他人のために生きることや、世のため人のため、のような志が高い感じが全くしない滝汗

 

 

 

 

他人の目より自分の目。自分にとってどうか、という考え方をしそうな自分のチャートを見ていて、昨日のお客様の鑑定の後、なるほどなぁと思ったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

こんな自分の目でばっかり見ていますが、何度もブログで言っているように見る目があるわけではありません。

 

 

 

他人の目が正しいことも多い。特に自分がなんらかの欲に取り憑かれると、見る目も曇るチーン

 

 

 

でもそれはそれでいいのよねー。それでもやっぱり自分の感じたところを大事にしたい。

 

 

 

こういう考え方が一般的な組織に不向きな考え方かもしれない、もしかすると私も少数派なのかもしれないなぁ、多数派でもどちらでもいいけれど、と思っています。

 

 

 

日本ではどうしても横並び意識が強く、多数派が重宝される傾向にありますので、そういう意味では少数派の人が生きにくさを感じることも多いかもしれません。

 

 

でもそれは個性豊かってことじゃない?キラリと光るものを持ってるってことじゃない?とちょっと自画自賛しながら、そして他人への心遣いと丁寧に接することを忘れなければ、とても実りの多い人生を歩める人になると思いますよ。

 

 

 

多数派も少数派もお互いをリスペクトしながら、生きていける世の中になればいいなと。それが知識高く、思想高く、志高い生き方ではないのかなーと自己反省も込めた上で思います照れ

 

 

 

 

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