私は猫を飼い始めてから20年以上経つのですが、そのあいだに3匹の猫を見送ってきました。
私にとって、猫との生活は家族との生活。子供を持たない私にとって、猫は私の愛情を育ててくれると思っています
今日は見送った愛猫〝はーちゃん〟(♀)の命日。
亡くなってから今日で3年が経ちました。
私にとってこの子は本当に特別で、ミルクから育てたというのもあってか、繋がりをずーっと感じてた。
この子が亡くなる時は私も生きていけないんじゃないかとも思ってた
生きてるけど…
人間、とくに男性が大好きで、宅配便のお兄さんについて外に出ようとしたり、家に男性が入ってこようものなら、私よりその男性の膝に率先して乗ったり
食い意地が張っていて、私の食べるものを一緒に食べようとしたり、朝起きたら買ってた食パンの袋が破られていて齧られていたり(それから彼女の食べそうなものは電子レンジに保管)、私が寝ているときにお腹がすいたら私が寝ている顔を5センチの距離から見つめ続け、それでも起きないと前足で私の顔をトントン。
それでも起きなければ、延々私の顔を舐め続ける。
寝る時は一緒に寝て、私の顔の上に寝て私を窒息させようとすることもあったし、顔にくっついて寝るので、毛が目に入って結膜炎になったこともしばしば(笑)
そんなはーちゃんが慢性腎不全と甲状腺亢進症と診断され、その後何年か経ち余命が見えるようになってきたとき、私は生活を変えていないのに、はーちゃんと同じように痩せ始めました。
どれだけ食べても、運動をしなくても太らない

今思えば、彼女を亡くすという現実を心身が受け止めきれず、そのストレスで痩せていったんだろうなーと思います。
そして3年前の今日、はーちゃんを見送り、短い介護を終えた私。
もう少し一緒に過ごせると思っていた私。
もう少し呼吸を感じていることができると思っていた私。
もう少しお世話ができると思っていた私。
もう少し話しかける日々が、話しかけたらこちらを見てくれる彼女の顔を見ることができると思っていた私。
その思いが、希望が終わった日でした。
亡くなったその日は、こんなに辛いなら一緒に私も連れていってくれないか、はーちゃんと過ごせない生活をこれから過ごしていかなければいけないのは耐えられない。
そんなふうに彼女に語りかけていました(^^;
そしてペットの葬儀屋さんに迎えに来てもらった日、私も久しぶりに外に出ました。
そこには、一面に咲き誇る桜と一本の桃の花。
あー、春が来てたのか。
そうか、季節は巡ってきていたのか。
仕事や病院に連れていくときに外には出ていたけれど、季節の変化にも咲き誇る花にも気づいてなかった。
春風は心地よく、桜は美しく、桃は綺麗だ。
はーちゃんの存在はこの景色とともに私の心の中に刻みつけ、その思い出と一緒に生きていこう
そう思い、顔をあげてしっかりはーちゃんを見送ることが出来ました
それから、たまに思い出して泣きそうになることはあります。
(体重は戻ったどころか、太りましたけど!?
)
今日もうるうるしながらこのブログを書いています。
辛かったけど、身体の半分持っていかれたような感じだったけど、やっぱりはーちゃんと出会ってよかったなと思える♪
今では最期のときではなく、元気で走り回っていて、食い意地が張ってたことばかり思い出す。
あのフワフワの毛を触れることができなかったり、鳴き声を聞けなかったり、寝る時の呼吸を感じることができないのは寂しいけど、でも出会えてよかったし、その後違う猫を迎えたのも良かったと思う
天国という場所があるかどうかはわからない。でも、もしあるのならば、きっと彼女は何か食べているでしょう

そんなことを思いながら、暖かい気持ちに浸りながら、今日は過ごそうと思います

