面接のときに、いろんなことを話し合いますよね。
これこれについて、どう考えているか、とか。
いままで、どんなことを考えてきたかとか。
こういう状況のときに、どんなふうに考えるかとか。
なになにのことを、どう思っているかとか。
なにかについて、知っていることを言ってくださいとか。
話せば、その人の考えがわかるような気がしています。
そして、いろんな質問が交換され、
いろんな答えがその場に発表されていきます。
だけど、そこでやりとりされることが、
ほんとうに「じぶんの考え」なのかどうかは、
実はわからないんですよね。
「こんな質問をすると、その人の考えがわかりやすい」
「こう答えたら、この場の正解に近い」
というふうな、パターンがやりとりされてるだけ
なのかもしれません。
なんだか、たくさんの人の、とても多くの時間が、
「正解」を探すことに費やされているように
思えてなりません。
いや、遠慮なく言えば、
「正解」探しばかりで人生終っちゃう人ばかりじゃない?
こういう女性に、こんな出合いをした
‥‥どうするのが正解だろう?
新聞で、こういうことが問題になっている
‥‥どういう意見を持つのが正解だろうか?
レストランでメニューを見ている
‥‥どれを注文するのが正解だろうか?
どう生きたいのか問われてしまった
‥‥どう生きたいのが正解だろうか?
こんなことばっかりのような気がするんです。
「正解」じゃないことを選ぶと、損? 悪? 迷惑?
「正解」病ってのが、いまの時代病のような気がする。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「どうするべきか」を追い過ぎるのも、正解病だよねー。
ほぼ日ってアーカイブが残らないものも多いのでこうして貼り付けて時々備忘録にしています。
ツイッターより少し長く問いかけるみたいなつぶやき。
ほぼ日の今日のダーリン。
みんなはどう思いますか?
「どんな人だと思われたくて、どこの誰のまねをしているんだろ♪」
と中島みゆき先生がその昔歌ってましたっけね。
