夫と話していて思い出話の中で荒れた学校のことに話が及びました。大阪万博後、夫は家庭の貧困と闘いながら定時制に通う子供たちに対して彼らともっと深くかかわれないかと、教育相談やカウンセリングを学ぶために内地留学をしました。その時期は進学率は上がってきたとはいえまだ主に個々の家庭の経済上の問題が大きかったようです

 70年代を過ぎると日本はすべての面で先進諸国に追いつけ追い越せの時代、その中で生徒たちの抱える問題はは次第に複雑化していきました。

 それでも73年から3年宇都宮の中学に移ったころはまだ大きく荒れた雰囲気はありませんでした。小さな間違いを起こす子たちはそれなり家庭に問題はあっても、スクールポリス柔道○○段の教師の生徒指導や担任の援助で多くは解決、ちゃんと自分の力で大人になった気がします。

 荒れている学校と言われ学校もでるようになりました。経済の発展の中で格差は少しずつ進み、さらに進学率の激増とともに学力格差の問題も起こり、いじめの横行につながっていきます。スクールポリスの存在もあながち不要とは言えませんが生徒指導にはもっときめの細かい援助が必要となってきていました。

         

 新しく移った学校でも問題を持った子供に出会うことになります。

          

 でも彼らも今ちゃんと生きています。彼らをささえる家庭にまでどうしても教師の力及ばない家庭の支えと自分の力で。家庭が荒れて本人も立ち直れないまま卒業した生徒が県内の他の市で何かの犯罪で逮捕された記事を見ました。担任したことはありませんが家庭内離婚みたいな彼の家庭に担任はひどく悩んでいたことを思い出しました。小柄でかわいかった彼のことを思い出して暗澹とした気分になりました。