「明日天気」さんが私の「もうよれよれ」というコメントにこんなふうに書いてくださった。

  「人間ヨレヨレからが長いんです、大いに楽しまれるといいですよ」って。

      

 ろうそくが7本立っている。この年お兄ちゃんは初めてこう主張した。お赤飯は明日食べればいい。何時もの天ぷらとか煮物はいらない。僕の誕生日はお寿司とケーだけあればいい。そして95歳の母を2階までサポートしながら連れてきた最後だった。93歳までは母は曾孫が風邪を引いたりすると夜中に様子を見に行くほど元気だった。でもそのあと多少痴ほうが始まると急に足腰も弱まった。でもおしゃれだからあちらのお父さんお母さんも見えると聞いて髪をとかせの着替えさせろの大騒ぎし、こんなにきちっとしている。今の私よりきれいだ。

 それから2,3年は介護に奮闘したけれどヘルパーさんが介助してくださるのは楽しみでも、デイケアとかは絶対行かないままだった。

 突如水も拒否して何も食べない、訪問医の指示で救急搬送されたのが96歳の終わりだったかなア。以来家には一度も戻ってこないまま100歳と7か月まで生きた。まさに「ヨレヨレ」は長かったが病院、老健、特養、結核センター、病院のリハビリ病棟とめぐっても、いつもなぜかニコニコしていた。最後の一月ちょっとは酸素と点滴だけで生きていたけれど、いたって穏やかな終わりだった。

 私はあちこち痛いんだけどなあ、どうせならもう少し楽しい「ヨレヨレ」でいたいなあ。私はまだ86歳、忘れっぽくはなっているけれど手すりがあれば二階に上がれるのになあ。