ずっと忘れていた言葉。ブロ友さんの記事で思い出した。
戦時中で会う機会なかった継父の故郷にいる祖母に会いに行った。離れは社宅を移るときに送った荷物でいっぱいだったが、祖母はだだっ広い農家に一人で住んでいた。そこでひと夏のほとんどを過ごしたのだが板に穴が開いただけのような外のトイレの下でウジ虫がうごめいていたりびっくりすることばかりだった。
そこで施餓鬼の行事にあった。
飢餓に苦しんで災いをなす亡者や鬼衆の霊に飲食を施す法会だそうだが、大分ではその時賽の河原で石を積みつ続ける子供の霊に施しを与える「おせったい」というのがあった。
戦後のことだから古い浴衣を縫い直したようなものが多かったが連れだって出かけてはいろいろなお菓子をいただく。まるで今のハロウインのような行事だった。今は老人ホーム訪問などでご馳走を供するようだ。何もない時代だから小さなお饅頭やキャラメル2,3粒、ふかし芋みたいのもあったけど、楽しかった。
都会から行って一応アメリカの放出物資で買って行った水着で川遊びにいったらみんな木綿の布のパンツだけ。男の子なんてすっぽんぽんもいてびっくり。次の日からは私もパンツ一丁で水遊びしたっけ。あれは小学校3年の夏だったかなあ。
最高においしかった「やせうま」はひもかわに黄な粉をまぶしたみたいなものだったけれど。
さっき首を絞めたばかりの鶏も、食べてから教えられた蝮のかば焼きも平気だったと祖母に褒められたっけ。
遠い思い出の一コマが施餓鬼でよみがえった一日だった。


