継父がずっと住んだ埼玉の団地の集会所で葬儀を営んでまもなく、母はさっさと宇都宮の我が家へ引き上げてきた。母は一人で生活を維持することなど思いもよらぬような人だったから。

           

 母は年金のすべては自分の旅行や交際費に使い生活はすべておんぶにだっこみたいな人。でもそこが母のいいところでもあるような人た。

 私と過ごした1年くらいの月日もお乳をのませる以外はお手伝いさん任せだったという。それでも娘を引き取ってすぐの頃面倒を見てくださる奥さんが見える間、初めてミルクだおむつだとまごまごしてくれた。

 

 継父がなくなった時私たちは宇都宮に永住するつもりであったから墓地を求め墓も立てた。

 しかし娘のたっての願いでここに住むようになり家も建ててあちらの家は手放した。母はここで百歳の生を終えた。父は浄土真宗であったそうで仏事はそのお寺さんにお願いし三回忌くらいまではしていたが、以後は母は仏壇さえ閉じたままだった。だから墓じまいをして、こちらで樹木葬にすることにし、二人の遺骨は見晴らしのいい山の上の樹木葬の共同墓地に入れた。私たち夫婦もそこに入る。

           

   

 無宗教であるから盂蘭盆会は関係ないかもしれない。しかし私は時々仏壇を開く。送っていただいた線香をたく。でもお経は「南無阿弥陀仏」しか知らないからカトリックのたった一つ覚えている祈りをささげる。

 そんな盂蘭盆会である。

 

           

 墓参りは先日二人の孫、そしておじいちゃんものせてお父さんがいってくれた。