なぜか大磯の海と鴫立沢の夢を見た。多分テレビのニュースで波音が流れていたせいだ。

      

 母は実家にもどり、私は亡くなった実父の祖母と伯父の家に暮らしていたことは以前にも書いた。二階の一番奥の部屋で一人寝かせられるとき祖母は大好きな「金槐和歌集」の歌をそらんじてくれた。三歳の子供にである

 「ものいはぬ四方のけだものすらだにもあはれなるかなや親の子を思ふ」

もちろん意味など分かりはしない。幼い子を母の手から取り上げた事情への贖罪の気持ちだったのだろうか。そんなことを思ったのはずっと後の事だった。

 母の実家の別荘に夏呼ばれ祖母と何日か滞在した。海辺で遊ぶときは母が相手をしてくれたし、よく周辺の片陰道を散歩した。

       

鴫立沢も訪れた。

  「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」をそらんじてくれた。そして「三夕の歌」有名な秋の夕暮れの歌があると教えてくれた。

 寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ

 見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ

 でも、ほかはただ墨絵のような秋の夕暮れの歌。西行さんは景色は見えないけど上の句に深い意味があるのよ。だから一番胸にジーンとくるでしょう。五、六歳の子供にいうのだった。でも難しい解釈を言うわけでない。

 その時私は帰り道に和菓子を「新杵」で買うことばかり考えていた「今日は何にしようかな?」。

 古典を習って前半が情景を詠んだものでなく出家した自らのことを言っているってわかったけれど、それ以上のことはわからなかった。この白洲正子さんの「西行」を読んでその奥深さを初めて知って祖母は何を伝えたかったのだろうとふと思う。

 遠い遠い朧な思い出の一つである。