6月29日日

  娘の誕生日です 。去年の一部と同じです。事情ご存じの方はとばしてください。

 子供は大好きでした。結婚して7年目に周囲の勧めもあっていろいろ検査しました。

 二人ともに原因も見つからないまま夫婦間人工受精でもといった矢先に自然に妊娠しました。3年生担任の2月でした。ちょっと雪に滑っただけなのに流産しました。止めようとしたことがかえって悪かったとか、そのあと子供はできませんでした。授業を交換したり自習の用意をしたりで気を使い、その上ホルモン注射などで、体もボロボロになった時、夫が「僕は君といたかっただけで子供を産んでもらうために結婚したんじゃない。自分の体を大事にしてほしい。」といってくれました。

 教えることも生徒たちと過ごすことも楽しくて、再び7年ががたってしまいました。

 支援の必要がある生徒と保護者を連れて児童相談所に行き二人の面接中、他の保護司の方とお話している時、子供がいないことも話題にはなりました。それから三カ月ほどたった時、出張先まで訪ねて見えた保護司さんがその学校の校長室でおっしゃったのは「明日生まれてくる予定の子供を引き取って育ててもらえないだろうか。」という言葉でした。

  10日目。

 二人で考えたのは半日。結果はそう今ここに娘がいて、可愛くて仕方がない孫たちがいます。    

 三か月くらい。

 生まれて6日目から育てています。産休も育休もなしの1学期末、テスト採点、通信簿付け、そして夜中のミルク。子育て自分でしたことのない母が来てくれ、昼間はご近所の方が見てくださいました。娘はもちろん薄々知っていたようですが17歳になった時、この間の事情はきちんと話しました。

 

           小学校 

         花嫁姿。

 

 腎臓が悪くなったのは遺伝的素質があるかときかれても実母のご両親はお会いした時ある程度の年齢でしたがお元気でしたし、わかりません。わがままであれっと思う性格は実母とおなかの子を捨てた実父のDNAということにしています。出生に関しては何も内緒にしていませんので会いたければお母さんには会えるよと伝えても別に会いたがらないまま今に至っています。嫁がせましたから同居はしないつもりだったのですが娘のたっての希望で退職後こちらに家を建てました。

 49歳になりました。

 

 お姑さんが届けてくださるお赤飯で今年もささやかにお祝いします。