同級会や同年会で懐かしい顔に出会うのはうれしい。でもどうしているか気になっても得ない、誰もうわさも知らない人もいる。気がかりだけどそれはもう仕方がないことだし、知ったからと言ってどうなるものっでもないのはわかっているんだけど。

 

  百人いれば百人の家庭があり様々な事情を抱えていてその中で子供は育っていかなければならない。

        

 

 

 

 立派な体格のKは高校へ行ってバレーボール続けたらひとかどの選手になれた気がする。でも彼の家庭の事情はそれを許さなかったし、もうそんな環境で彼はいくつかの小さな失敗をしていて推薦はできない生徒ではあった。中学を出て実社会に放り出されたのは男の子女の子一人ずつ。

 あれは未だ彼が20歳の時だった。早朝電話があった「先生女の子が生まれました。」って「おめでとう。頑張ってしっかり育ててね。」それ以来彼に会っていない。誰も消息を知らない。

 場面緘黙でほとんど口をきかなかった女の子は卒業した後遊びに来る友達についてやってきた。そのあと子供を抱いてきた時、創価学会の熱心な信者の人と結婚し、公明党の候補者に投票してくれるようにと私を訪ねてきた。優しい旦那様がいて子供に恵まれて幸せだってちゃんと話をした。びっくりした。投票はしなかったけれど、彼女の幸せはうれしかった。そのあと何度か宇都宮の家に訪れてきたし、同級会にも来てくれた。同じような境遇の子どもたちだったけれど。              

 

        

 

 運命に翻弄された子供たち、友達も消息を知らない卒業生がいっぱいいる。だから良い教師だったかっていわれるとそんなことはない。ただ来るもの拒まずだっただけ。後悔はいっぱいある。

                  

           隅っこに咲いていたハナニラを見たらふと彼を思い出したので。

 

 

 

 

 

 教師にかかわれるのは彼らと過ごす限られた時間だけ、だからって私にできることはわずかだ。

 みんな幸せであってほしいと思う。

 

 それでも久しぶりに会うのはやはりたのしみだ。