東日本大震災の翌日、私は愛知県豊田市の足助(あすけ)という山里にいた。
今日、そのときの取材記事が掲載された冊子が届く。東京からの取材クルーが来れず、混沌として、複雑な気持ちで行った取材を思い出した。
足助というと、紅葉で知られる香嵐渓がある。
今回は、三河武士から出家し、仏教思想家となった鈴木正三(しょうさん)の足跡を追った。私も初めての人物だった。
江戸時代初期に生きた人で、世に知られるのは、天草四郎が中心となった島原の乱後、正三の弟が島原の奉行となり、弟と一緒になって、島原を再興したことだ。かの地では、正三が創建した寺院や、像などが残っているという。
正三は、士農工商という身分制度の中で、それぞれが与えられた役割を全うする、職分を尽くすことを大事とした。
我欲を捨て、無心に与えられた仕事に力を尽くす「正直の道」。
背筋ののびる言葉ではないだろうか。