昨日は、名古屋の中日文化センターの現地講座で、
内宮と瀧原宮(たきはらのみや)を案内した。
新緑に包まれ、みずみずしい内宮。
そして、バスで移動すること50分ほど、大紀町にある瀧原宮に着く。
以前は大宮町といったが、町村合併で町名な変わった。
内宮から遠く離れた瀧原宮は、大神宮の「遥宮(はるかみや)」とも呼ばれる。
お宮の前は、熊野三山へ続く熊野路が通り、見渡す山々も高い。
ここは、倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神をまつる地を探していた際に立ち寄り、新宮を建てたところとされる。そののち、五十鈴川の川上に内宮を建てた。
つまり、内宮より古い由緒をもつ。
そのせいか、うっそうと繁る森、山から流れ出た川の岸辺の御手洗場(みたらし)、
御神体を納める容器、御船代(みふなしろ)を納めた御船倉(みふなくら)。
瀧原宮と、並宮と並び立つ様は、神さびた風情が漂う。
「遥宮」と呼ぶにふさわしいお宮である。