ここしばらくブログが書けなかった。
東日本震災という圧倒的な悲劇を前にして、何を書いても絵空事のように思ったからだ。
大地震、大津波があっても、これまでの日本人は乗り越えてきたけれど、これほどの原発事故は経験がない。
地震と原発事故は乗り越える壁が違うような気がする。
そのせいか、閉塞感とも違うし、喪失感でもないし、まして無常感でもないのだが、前向きが気持ちになれない。
月刊誌『ひととき』の連載「永遠の聖地、伊勢」で、この4月からは「伊勢を愛した人々」として、歴史上の人物と伊勢神宮とのこ関わりについて、書いている。
4月号は西行法師、5月号は本居宣長、そして現在進行中の6月号は鴨長明。
西行と長明はほぼ同時期の人。西行は伊勢に7年間すみ、長明は西行を頼って、伊勢へ旅した。そのころは、貴族から武士の時代への転換期で、戦があり、それに加えて地震など天変地異が立て続けに起こっている。
これまでは昔話と思っていたが、今は現代と似ていると思った。
価値の大きな転換がなされる社会情勢だ。
これからどうなるのか、という不安。
それで、揺るぎない存在である伊勢神宮のお膝元にいたいと思った、のだろうか。
伊勢に来た人々の気持ちに、ほんの少し近づけたように思う。