なぜ、TOVCのリトリートは長野なのか。
それは「自然が豊かだから」
「空気がきれいだから」といった
表面的な理由ではありません。
長野には、
人が自分を“扱い直す”ために必要な条件が、
不思議なほど揃っているからです。
上田、安曇野、諏訪。
それぞれ車で1時間ほど。
その3箇所を巡ることに、
このリトリートは意味を
感じているのです。
この3つの場所は、
偶然近くにあるのではなく、
体験の順序として必然的に並んでいる
ようにも、今は感じています。(大袈裟かも
)
シリーズ第一弾「リトリートとは?」
は、こちらからご覧ください。
上田 ― 身体と再びつながる場所
リトリートは、
上田から始まります。
ここで体験するのが、
低温・高湿の蒸気浴です。
酵素たっぷりの蒸気を浴び、
瞑想空間のような場所で、
自分と深く繋がります。
蒸気に包まれると、
呼吸が深くなり、
身体の内側が
静かに緩んでいきます。
整えようとしなくても、
身体は自分で
元の状態に戻ろうとする。
この体験は、
「考える前に、まず身体に戻る」という
リトリート全体の基調をつくります。
安曇野 ― 感覚が自然にひらく場所
安曇野に入ると、
空気の質が変わるのを感じます。
水、光、風、音。
すべてが強すぎず、弱すぎず、
自然に呼吸と溶け合ってくる。
ここでは、
「何かをしよう」としなくても、
感覚が勝手に前に出てきます。
思考が静まり、
判断が急がなくなり、
自分の内側の声が聞こえ始める。
安曇野は、
感覚を取り戻すための“余白”を
自然に用意してくれる土地です。
野々庵 ― 食を通して、
調和を思い出す
安曇野でいただく
重ね煮の食事は、
単なる“身体に良い食事”
ではありません。
素材を重ね、火を入れ、
余計なことをしない。
自然が生み出す
味のハーモニーは、
人為的には作れません。
その在り方そのものが、
「どう生きるか」を
身体に思い出させてくれます。
無理をしない。
競わない。
足さない。
食べながら、
自分の人生にも
同じことが言えると
気づく人が少なくありません。
諏訪 ― 調和へと還る場所
2日目に訪れる諏訪は、
昨年からリトリートに
追加されました
しかしある意味、
リトリートの精神的な到達点です。
諏訪大社は、
荒ぶる大地のエネルギーを
抑え込むのではなく、
分散し、巡らせ、調和させるために
祀られてきました。
勝つための神ではなく、
引き受け、整える神。
ここで多くの人が、
「力を入れなくても進める」
という感覚を、
身体で理解します。
(諏訪大社について対談しました)
長野という“流れ”
上田で身体に戻り、
安曇野で感覚がひらき、
諏訪で調和に還る。
この流れは、
偶然に組んだプログラムながら、
土地そのものが持つ循環です。
だからこそ、
TOVCのリトリートは
この地から始まり、
何度も戻ってくるのだと思います。



