江頭です。
今日も、ありがとうございます。
このブログの元ネタは、
起業家の稲垣佳美さんのブログを読んで、
書こうと思いました。
こちらの記事です。
最近って、
めっちゃ個人ビジネスブームじゃないですか。
起業ブームじゃないですか。
なんなら、
国まで起業を後押ししているくらいですから、
こっからますます起業する人って増えると思うんです。
そんな経緯もあり、
「なんで、起業したんですか?」って、
聞かれることもかなーり増えました。
これまでは即答で、
「離婚して、お金に困ったから。」
と、言ってたんですけど(笑)。
もちろん嘘ではないのですが、
あまりに皆さん一様に、
僕の話に対する興味を失われていく![]()
ので、
ちゃんと書いとこうと思いました(笑)
なんで僕の話に、
興味がなくなるのか?
わかっていますよ![]()
![]()
・自分の才能を生かしたい
・自分の天職で仕事がしたい
・自分の使命を全うしたい
・好きなだけ使える時間が欲しい
・お金の自由が欲しい
・世界平和に貢献したい
・社会で役に立ちたい
的な…
的なね![]()
![]()
![]()
キラキラ
した希望のような…
キラキラ
した夢のような…
そんなものが、
僕の話にいっさいなさそうなので、
皆さん興味をサーッと無くし、
それ以上聞こうともしない。
でもさ…
言いたいことがあるー![]()
![]()
![]()
俺の話を聞けー![]()
![]()
![]()
(
画像はネットより拝借。)
ってことでさ…
ちょっと僕の話でも聞いてくださいな![]()
![]()
。
これから個人ビジンネスを始めようとしている人の、
ある意味ちょっと違った観点からの、
役に立つ話だと、きっと思うんですよ。
僕の起業のキッカケは、
お金に困ったからです。
2010年、1回目の離婚をしました。
(2回目の離婚はありません。)
その当時、コンタクトの販売店で店長をしていたのですが、
額面の月収が28万円くらい。
そこから、慰謝料と養育費で毎月10万円かかることに…
すると手取り25万円くらいから10万円引かれ、
毎月15万円で生活を余儀なくされました。
30歳になったばかりで、
未来の展望が持てなくなる…
そんな感覚を僕は感じていました。
今のようにセミナーや講演会なんてものも、
少なくとも僕の耳には、
全く入ってこなかったような時代でした。
お金もなかったので、
できたことは本を読んで学ぶ事と、
雑誌を読んで学ぶ事でした。
副業に関する本、
投資に関する本、
自己啓発的な本、
月に5冊くらいは読んで勉強していたのではないでしょうか?
そんな中ある本に、
こんな事が書いてあったんです。
「会社以外の自分の力で1円でもいいから稼いでみろ![]()
」
今でこそ全員が講師みたいな時代ですが、
当時はFBもアメブロもなかったので、
1円でも稼ぐって言っても…
どうやって![]()
??って状況でした。
これまた雑誌を読んで、
せどりという言葉を知りました。
皆さん知ってます?
せどりって…
要はブックオフで本を安く購入し、
Amazonで高く売るみたいな感じです。
その当時、
iPhoneは僕にとって神そのものでした。
会社の昼休みにブックオフにダッシュし、
iPhone片手にAmazon値段を比較しながら、
本を物色するんです。
Amazonよりブックオフのほうが安ければ、
購入して、Amazonで高く売ります。
それを繰り返して、
1か月で5,000円くらいの売り上げを作ることができました。
この時の達成感と満足感と言ったら、
半端ないわけです。
何せ、生まれてはじめて自力で、
自分の力でお金を稼いだわけですから。
しかし、すぐに限界を感じました。
ブックオフに足繁く通う時間、
アマゾンに掲載する時間、
梱包する時間、
送る手続きをする時間…
時間がめっちゃかかる割に、
生産性がない…
月に5,000円ずつ入ってきても、
そんなに生活は楽にならんし、
未来の展望は未だに闇だ。
次に考えたのが家庭教師でした。
コンタクト販売店の前は、
家庭教師の派遣会社の訪問営業をしていましたし、
大学は教育学部、小学校の教員を目指していたのもあり、
教えるのは上手いと、自信を持っていたわけです。
個人で家庭教師をやろう…
いや、派遣登録をまずしてみようか…
と、考えていました。
そんなある日、
チャンスが降ってきます。
コンタクト販売店の隣の眼科の代診の女医先生と、
仲良く話をしていると…
娘を塾に行かせようかどうか迷っている…
というのです。
これは、チャーンス!!!!!
さりげなく自分が専門家である話をしてみると…
(現場が長かったので嘘ではありません。)
一度来てもらおうかしら…
ってなったんです![]()
![]()
無料体験授業をしに行き、
見事に家庭教師のお仕事をいただけるようになりました。
時給は、
なんと3,000円
1回2時間で、
月に4回行かせていただいたので、
24,000円です。
これは、でかかったです。
せどりと合わせて、
月に30,000円ほどの副収入を、
得られるようになりました。
調子に乗った僕は、
本格的に副業をやろうと思って、
楽しみにしていた趣味や、
将来のための勉強をいったん全て止めました。
・アメリカドラマ24を観るのをやめる。
・テレビを観るのをやめる。
・アメリカドラマプリズンブレイクを観るのをやめる。
・日経新聞を読むのをやめる。
そして隙間時間を全て、
副業に関する本と、
アイディアを出すことに専念しました。
そこでひらめた
のが、
ボイストレーニングです。
せどりは時間がかかりすぎるし、
家庭教師も、新しいお客さんをどう掴んでいいか不明だったのと、
ご家庭に訪問する時間が、やはりもったいないと思ったのです。
歌手の夢を3年間追っかけていたので、
ボイストレーニングも、それはそれはたくさん受けていましたし、
路上ライブ、ラジオ出演、オムニバスCD発売、
テレビ出演(ちらっと)をしていたので、
歌なら教えられると思ったんです。
そこで当時のSNSの先駆けであるmixiを使い、
0円起業します。
(
画像はネットより拝借。)
起業というと聞こえはいいんですが、
要はボイストレーナーutagokoroとしての、
アカウントを持ったということです
。
で、僕は考えました。
ボイストレーニングしている人はめっちゃいる。
ボイストレーナーもめっちゃいる。
僕が教えられる歌は、
主にJ-POPである。
R&Bや、JAZZや、
演歌などは教えられない。(当時)
僕の強みってなんだろう?
・路上ライブでお客さんを60名近く集められたこと
集客できるアーティストだったこと
・楽譜は読めないけど、作詞作曲ができること
ギターのコード進行だけで歌が作れる
・いろいろな詐欺的オーディションをたくさん受けてきたこと
オーディションで歌手になるってのはもはや夢だと思っていた
・無所属で路上ライブ活動だけで、テレビ出演、CD発売、雑誌掲載できたこと
自力で行けるところまでは自力で行く必要があると思っていた
・2,000人中、歌唱力3位入賞したことがある
歌はきっと上手いはず
この5つを特徴として、
独自の想いを発信することにしました。
ざっと要約すると、
プロの歌手になれるかどうか?の責任は持てない。
(自分がプロになってないし、自分の力でコントロールできないから)
昨今の音楽業界の業績低迷っぷりを考えると、
オーディションでプロデビューなんてシンデレラストーリーは、
おそらく存在しないはずだ。
つまり、ほとんどのオーディションは、
そのあとにスクールに通わせるための、
詐欺的なオーディションだろう。
(僕なりの持論の展開と意見を伝える。)
結局のところ、だとすると…
人が集められないアーティストはプロになれないのではないか?
逆に言うなら人を集められるアーティストなら、
オーディションで引き上げてもらえるではないか?
(僕なりの提案)
なので僕は、
プロにはしてあげられないけど、
プロになるために必要な3つの力を提供できます、
と訴えました。
(僕なりの強みの訴求)
その3つの力とは…
1、歌唱力
2、楽譜が読めなくても作詞・作曲する力
3、集客力
です。
では…どうやって、
お客様に訴求して行ったのか?
こっからは、
泥臭い方法を取ります。
mixiは、
1日100通までしかメッセージを送れないシステムでした。
mixi内では、みんな本名じゃないし、
(僕自身もutagokoroとして活動してましたし
)
住んでる地域も確かわからなかったのですが、
コミュニティというものがありました。
共通の趣味や、
共通の夢がある人が集って、
そこで情報交換するコミュニティー掲示板のようなものです。
その中にもちろん、
オーディション情報なども多数掲載されています。
例えば、
将来の夢は歌手
、
のようなコミュニティーがあったわけです。
そこに登録者が、
8,000人とかいたんですね。
「おー、これは皆さんお客様になるかもしれないじゃないか![]()
」
というわけで、2時間近くかけて作った、
熱い想いの乗った長文を1人1人に、
ダイレクトメッセージするという方法をとりました。
仕事もハードでしたので、
出勤の電車の中、
帰りの電車の中でやるしかありません。
今までは、
毎日、日経新聞を全部読むということを続けていたのですが、
ボイストレーナーに日経新聞は必要ない
、
ということで、その習慣をバサッと切り捨てます。
僕たちは、毎日暇ではないはずです。
毎日あっという間に時間は過ぎているはずです。
なので、
新しく何かを始めるということは、
今までの何かを辞めないとできないはずです。
そこで僕は、
いくつか辞めることにしました。
1、深酒を辞め、毎朝5:00に起きて出社までの2時間、
営業(DM)と、送る文章を常に推敲すること。
2、職場の暇な時間のくだらない愚痴の言い合いや談義を辞め、
メモ帳に自分のビジネスの構想をひたすら言語化すること。
3、大好きだったアメリカ映画の24、プリズンブレイクを、
シーズン途中に観るのを断念(軌道になるまでおあずけ)
結局、再開したのは2017年になりました![]()
4、毎日、片道1時間の移動時間に読んでいた日経新聞を辞め、
1人ひとりへの営業(DM)に専念。
思えばポイントは、
言語化しまくることと、
時間をどう捻出するのか?
この2点だったように思います。
そうこうして徐々に歌のボイストレーニングが、
広がっていきます。
とは言ってもSNSは、
まだmixiだけだったので、
広がりは非常にゆっくりでした。
でも確実でした。
何故ならご紹介で、
つながっていき始めたからです。
ご紹介いただけるということは、
満足いただけるレッスンがお届けできているということです。
僕はそこで慢心せず…
ますます目の前の人のお役に立てるよう、
レッスンに1分1秒集中し、
常に変化をさせていきました。
そして少し余裕が出たところで、
ビジネスコーチをお願いすることになりました。
このビジネスコーチの2つの言葉が、
僕の今を、いまでも支えています。
さて、ビジネスコーチが僕の運命を変えた、
たった2つの言葉とは一体なんでしょうか?
読者の皆さまの運命も変えちゃいますように。
発表します!!
1、ビジネスボイストレーニングはどうですか?江頭さん
2、全部叶うとしたらどうですか?江頭さん
これだけでは、
意味が分かりませんね![]()
。
解説します![]()
![]()
1、ビジネスボイストレーニングはどうですか?江頭さん
当時の僕は歌声専門のボイストレーニングを行っていました。
その僕にコーチは、ビジネスボイストレーニングを勧めてきたんです。
これ、ジャンルはボイストレーニングで一緒ですが、
フラメンコの講師(ダンス)に、
ベリーダンスの講師(ダンス)はどうですか?って、
言ってるようなもんですよ![]()
![]()
![]()
通常は、お断りするはずです。
プライドもありますから。
しかし僕は違いました![]()
。
プライドがなかったわけではありません。
そうではなく、
プライドが育つほどにまで、
歌声ボイストレーナーとしての年数を重ねていなかったんです。
ビジネスボイストレーニングのことは、
サッパリ分かりませんでした。
でも、できる自信がありました。
何故って??
そもそも歌声ボイストレーニングだって、
誰かに習ってなったわけじゃないからです![]()
。
だから漫然と行ける気がしたんです。
コーチの理由は、
とっても説得力がありました。
「江頭さんのクライアントは、歌手になりたい人ですよね?
歌手になりたい人って、安定的な収入ありますか?
ない人がほとんどだと思うんです。
歌手になるのが夢ですから、正社員になろうって発想にならないはずなんですよね。」
と…、
コーチのおっしゃる通りでした。。。
事実、僕のお客様(歌ボイストレーニング時代)で、
いわゆる正規雇用で働いている人は0だったのです。
そのため収入が安定せず、毎月の受講が難しかったり、
ドタキャンが多かったりと、頭を悩ませていました。
僕はこのコーチの言葉で、
舵を180度切ります。
今までの受講生さまには歌のボイストレーニングをしますが、
屋号は、話し声ボイストレーニングとして展開をし始めるのです。
これが、今思えば運命の舵取りでした。
話し声ボイストレーニングは、
当時あまり競合がいなかったため、
口コミや紹介はますます増えていくようになります。
僕は流石に他社の話し声インストラクター養成講座に通ったり、
書物を読みあさったりして、
自分自身のビジネスボイストレーニングのスキルを、
急ピッチで足していきます。
このように僕は、
コーチから発想をいただいたのです。
2、全部叶うとしたらどうですか?江頭さん
こちらはかなり解説が必要です。
このコーチの言葉の前に、
僕はコーチから、
ある質問をされていました。
それは…
お金の制限も時間の制限も、
年齢の制限も何もないとしたら、
何をしたいですか?
でした。
僕は答えました。
・ボイストレーナー
・歌手(バンド活動)
・講演家
・セミナー講師
・著者
・映画監督
・BAR/カフェ経営
・ホテル経営
って。
そしたらコーチが僕に言いました。
全部叶うとしたらどうですか?って。
そりゃ、ニヤニヤしながら即答ですよ。
「叶えたいッス!!!!」
そこでコーチから言われた言葉、
これが今でも僕を支え、
突き動かしています。
コーチは言いました。
「では、1を極めましょう。
江頭さんはボイストレーナーとして突き抜けてください。」
これは、
僕にとっては意外な
言葉でした。
え?1を極めて、
なんで全部叶うの??
その意味は、
今になってなんとなく分かるような気がしています。
もし僕が器用で、
やりたいことすべてに成果を出せるなら、
すぐに何かで成果は出ていたでしょう。
でも、僕はそんなに器用ではありませんでした。
だから、まず1を極め、成果を出す必要がありました。
コーチは僕に教えてくれたロードマップは、
こうです。
(
画像はネットより拝借。)
コーチ:「江頭さん…
全国で活動できるボイストレーナーになったらどうですか?
![]()
有名になり、お金にも困らなくなりますよね?
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そしたら出版できますよね?
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出版できればセミナー講師もできますよね?
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人が集まる人になれば、講演もできませんか?
![]()
さすがにそこまで行けば、今より余裕も生まれて、
音楽活動もできるんじゃないですか?
![]()
そうすると…
コーチは、
僕に夢を見させてくれました。
(
画像はネットより拝借。弊社の認定講師のR.A講師に似ているのは内緒です。)
僕は、
できる氣がしたんです。
そこで、全エネルギーを、
ボイストレーニングにつぎ込みました。
この、全エネルギーを、
ボイストレーニングにつぎ込めたのは、
個人ビジネスを陸から離陸させるのに、
とっても重要なことでした。
この決断は、
僕の仕事スタイルをも変えました。
当時は、会社員としても務めており、
会社の大きなプロジェクトに関わっており、
旗艦店の店長でもあった僕です。
二足のわらじを履いておりました。
両方にエネルギーを注げるほど、
器用ではありません。
会社員を卒業し、
自分で仕事をする(個人ビジネス)と決め、
ロードマップが描け、夢を見た僕がとった行動、
それは…
部下や同僚になんと思われようが、
自分の仕事を終えたら、
爽やかにさっさと帰る、
でした。
当時の会社では、
責任者が一番最後に帰るというのが、
慣習でした。
僕も当然のようにそう思っていましたし、
周りの同僚や部下もそう思っていました。
しかし僕は自分の方向性を決めたので、
自分の仕事を終えたら、
なるべく1秒たりとも残業しない形で、
爽やかにさっさと帰っていました。
きっと周りからは不満の声も上がっていたことかもしれません。
が、僕にとっては、爽やかにさっさと帰り、
自分のやりたいこと(夢を叶えるまでの道のり)に、
時間を1秒でも多く使えること、
それが何にも変えがたいプレシャスタイムだったのです。
ある時から、どんどん「差」ができ始めました。
会社にいる間は、
周りは愚痴、不平、不満、噂話で持ちきりです。
それしか話すことないのか?というくらいに…
彼氏の愚痴、新しく入社した新入社員の噂話、
会社への不満…
聞くのもウンザリするような話題ばかりでした。
一方、僕の夢はどんどん膨らんでいき、
希望と夢に溢れていました。
しかし、その「差」が生まれれば生まれるほど、
会社にはいづらくなってきていました。
転機が訪れたのは、
2011年12月です。
直属の上司であるエリアマネージャーに、
移動を告げられた僕。
渋谷の店長から、
横浜のさらに南の方の親店の立ち上げを任されました。
ここで丸1日ほど苦悩します。
と言うのも、僕は渋谷ですでに副業をしていたので、
ボイストレーニングのお客様が10名ほどいたのです。
新店の立ち上げはハードですし、
かなり渋谷から離れるので、
どう考えても副業を縮小しなくてはなりません。
当時、副業だけで食べて行けるには程遠い状態でした。
まだまだ給料でもらえる額の3分の1にもたどり着いていない状態でした。
丸1日考えて、
僕はこの出来事を、
こう捉えたのです。
これは、人生先生が、僕の背中を押してくれているんだ、と。
今日もありがとうございます。
江頭幸宏



