今回はこんな感じ






彰子にとっての次男、敦良(あつなが)誕生。長男敦成は後一条天皇、次男は後朱雀天皇となり、後一条天皇には内親王しか生まれなかったことから、以後は後朱雀天皇の血筋がつづきます。『紫式部日記』の最後は敦良の五十日の祝いが綴られています。


この宮をどうお世話すればいいのか、という筋は女三宮が柏木とのあいだになした薫の今後を案じている一説


俺が何をした、と世を恨む伊周。まあいろいろどんくさいことといらんことしたのに自覚ないのね。弟の方がうまくやってる。君の人生の失策は君のせいだ伊周。しかし病みつく姿も美しい。36歳で死ぬとは若いよねえ。



隆家が庭先から例を述べるのは喪中ゆえ。喪中はその場に座るとその人から穢れがうつる。座るとダメだけど立ってるのはセーフ、ていうルールがあったんだけど。あれ、なのにさっき参内して帝に触れてなかった?大丈夫??


喪服の色の濃さは

使者との関係の深さにより変わりました

いまみたいに

みんなおんなじ黒!ではなかった







彰子の妹、きよこは内親王しか産めなくて道長が落胆するようすが栄花物語に書かれています。


敦康の成長著しくてびっくりした。お兄さんになりすぎてみずら(髪型)がにあわねえ。






わらわ姿が美しければ美しいほど

成人姿になると

見劣りするのではないかと

光源氏は心配されましたがそれは杞憂でした

敦康もそのようです


これはお礼の拝舞







お父さん再就職、越後、つまり新潟まで行きます。いやほんと大変な旅路だっただろうね 



のぶのり 若くして死んじゃった

かわいそうにね