正観さんによると…。(旅じょうず入門…昭和57年)
●旅に出たくなる本①…俳優 古谷一行さん
僕も旅が好きである。仕事がらロケも多く、日本中あちこちへ行く。土地の名物はたいがい食べるし、赤提灯にもよく首をつっこむし、土地の人とよく話もする。「旅好き人間」に属すだろう。
印象に強く残る美しい旅は、高校卒業後、大学に通い始める前の春休み、南紀へ5人の仲間と行ったものだ。汽車の旅だった。旅に関する知識や情報など(この本を読んでみると)何も知らなかったのだなと思う。でも楽しい旅だった。
※古谷一行さんの金田一耕助が好きだったな♪
(イラストはネット画像です)
📚私の読書📚
676冊目 「マンガ世界の偉人 シュバイツァー」 猪川朱美 朝日新聞出版
~アフリカの恵まれない人々のために生きた医者~
その1 アルベルト・シュバイツァー (1875~1965) ドイツ、アフリカ コンゴ
今から100年前、ドイツ出身の医者、アルベルト・シュバイツァーは、アフリカのコンゴ北部に渡り、そこに暮らしながら、病気に苦しむ多くの人々を助けました。当時のアフリカは西洋文明から縁遠い地で、人々は近代的な医療を受けられずにいました。わざわざアフリカまで行こうという医者もいないなか、シュバイツァーはアフリカに渡っていったのです。
その2 アフリカの奥地で人々を治療した医者
①地位も成功もなげうってアフリカへ!
アフリカに渡る前のシュバイツアーは、音楽家・宗教家・哲学者として、ヨーロッパでは名前が知られるほど成功を収めた人物でした。しかし、アフリカの人々が病気で苦しんでいることを知ると、医者になって彼らを救いにいこうと決心します。シュバイツァーはそれまでの自分の地位や成功など、すべてをなげうってアフリカに渡り、医者として働きました。
②「世界でいちばん偉大な人物」といわれる!
シュバイツァーはアフリカで医者として働きながら、アフリカの病院を続ける費用を集めるために、ヨーロッパ各地で講演や演奏をしたりして回ったり、たくさんの本を書いて出版したりしました。
アフリカの人々のために尽くすシュバイツァーの活動は、世界中で知られるようになり、1947年10月のアメリカの「LIFE」という雑誌では、「世界でいちばん偉大な人物」として紹介されました。
③世界平和を訴えて「ノーベル平和賞」受賞!
シュバイツァーは、世界の平和を訴える活動も積極的に行いました。彼がとくに訴えたことは「核兵器をなくそう」ということでした。このような活動により、1952年、シュバイツァーは「ノーベル平和賞」を受賞しました。
その3 人類のふるさと アフリカの現在
アフリカ大陸はユーラシア大陸に次ぐ大きさで、広さはおよそ3040万平方キロメートルにおよびます。これは地球の陸地のおよそ5分の1(日本の面積の約80倍)。アフリカの中央部には赤道が通り、赤道付近は熱帯のジャングル、その周辺にはサバナと呼ばれる草原地帯、その外側には乾燥した砂漠地帯など、地域によって自然環境は大きく異なります。
①世界最大の砂漠がある。
アフリカ大陸北部には、世界最大の砂漠「サハラ砂漠」が広がっている。サハラ砂漠はアフリカ大陸の3分の1を占め、最高気温は50度を超える。ちなみにサハラとは、アラビア語で「砂漠」の意味。
②野生動物の王国!
サバナには、アフリカゾウ、ライオン、キリン、シマウマなど数多くの野生動物が住んでいる。アフリカ東部のケニアやタンザニアには、世界的にも有名な野生動物の保護区がある。
③古代文明が栄えた!
世界最長の川「ナイル川」のまわりには、およそ5000年も昔から文明が栄えていた。また、サハラ砂漠の南の地域でも多くの王朝や帝国が栄えるなど、アフリカには古い歴史や伝統がある。
④人類が生まれた地…大地溝帯(グレートリフトバレー)
アフリカは人類が誕生した土地と言われる。アフリカで生まれた人類が、やがて世界中に広がり、現在の私たちにつながっている。
※先日会った大学時代の友人夫妻(二人ともドクター)の息子のK君は、アフリカのある国にジャイカの職員として派遣されていると聞きましたが、もしかしてシュバイツァーのようにドクターとして活動されているのかな?もっと話をよく聞けばよかったと、悔やむばかりです。
私の身近にも日本人でありながら、シュバイツァーのような若い青年がおられる。若い人に教えられることが最近は多いですね。
がんばれ!!日本の若い人たち!!おばちゃんは、遠くから応援していますよ!!
📚私の読書📚
677冊目 「同門 3月号」 表千家同門会
「千里同風」 猶有斎 千宗左
………
今回献茶式が予定されているニューヨークのセントジョンザディヴァイン大聖堂では、15年前にも献茶を奉仕させていただきました。この大聖堂はゴシック様式の建築としては世界最大のものといわれ、内観、外観ともに荘厳かつ厳粛な雰囲気を醸し出しています。ふだん、日本の神社や仏閣で行われる献茶式とはちがった緊張感を感じながら奉仕したことを思い出します。
当時の『同門』誌に私が書いた東部支部紀行を読み返してみると、次のようなことを書いています。
「ふだん日本の神社仏閣で行われる献茶式では、神前、仏前にお茶を献ずる形をとります。しかし、キリスト教では、神に対しては、献ずるものではなく、逆に我々が神から賜るものであるという考えが基本にあり、こうした宗教間の風習の違いも、興味深い点として献茶の準備段階で話題になったようです。もちろん、こうした考え方の違いも大聖堂のジェームス・コウォルスキー大司教はご理解くださり、当日は、約300名の参列者に見守られ、パイプオルガンの演奏と聖歌が流れるなか、非常に厳かな雰囲気で献茶式をとりおこなうことができました。」
米国に赴く前には長崎県支部の70周年記念行事において浦上天主堂での献茶式が予定されており、はからずもひと月に2度、教会建築での献茶を奉仕することになるわけです。
「千里同風」は、遠く離れた場所でも同じ風が吹いている、という言葉です。一服のお茶を通じて交わされる茶の湯の心は遠く離れた場所であっても共通のものでしょうし、人種や宗教を超えて、今の時代に必要なものだと思うのです。
※茶道を通じて、いろいろなことを考えさせられます。「千里同風」…良い言葉ですね。
🎶私の好きな歌🎶
「青い珊瑚礁♪」(再) 松田聖子
聖子ちゃんのこの初期の曲は、本当に輝いていますね。
歌ものびやかですばらしいし、聖子ちゃんの若さ、フレッシュさもまぶしいくらいです。
昭和のアイドルの王道ですね。(今でも…♪)
何事も継続すること、ファンを大切にする姿勢、今も学び続ける賢さ…。
聖子ちゃんは、やっぱりただのアイドルではないですね。
ありがとう!!聖子ちゃん。
今日も見ていただきありがとうございます。
もう3月も中旬です。3月は去る…早いな…。
週末は、名古屋のまごっちの所に行ってきました。
短いお出かけでしたが、実に楽しかったです。
また次回のブログで紹介させていただきまーす。
さあ今週もがんばりましょう!!
みなさんも私もファイトです!
次回は、3月13日(木)にお会いしましょう。
ごきげんよう。またね…。










