つい「立ち直って」と言ってしまうとき
子どもがつらそうにしているとき、
私たちはつい「前を向こう」「立ち直ろう」と声をかけたくなることがあります。
その言葉の奥には、
「元気になってほしい」「苦しみから抜け出してほしい」という願いがあります。
けれども、ふと立ち止まってみると、
「立ち直る」ことをどこかで“良いこと”として決めつけていないでしょうか。
もしかしたら、支援する側が「痛みを抱えたままではいけない」と思い込んでしまっているのかもしれません。
その思い込みがあると、
子どもたちの「いま、つらい」という気持ちに、
ゆっくり寄り添うことが難しくなってしまいます。
できごとは“なかったこと”にはできない
「立ち直る」という言葉には、「元の自分に戻る」という響きがあります。
けれども、起きたできごとは“なかったこと”にはできません。
心の傷や痛みを完全に消すこともできません。
以前、いじめを経験した生徒がいました。
その子は、そのできごとを長い間引きずって生きていました。
私は、「その時の悲しみや痛みを癒したら、もっと生きやすくなるのに」と感じていましたが、
その子は静かに言いました。
「起こったことを忘れたくないんです」と。
その言葉を聞いたとき、私はハッとしました。
癒すことは、忘れることではありません。
でも、その子にとって“忘れない”ことは、
痛みを抱えた自分をそのまま大切にするということだったのだと思います。
その姿を見て、私は感じました。
立ち直るとは、痛みを消すことではなく、
そのできごとを自分の一部として生きていくことなのだと。
「折れない心」に潜む思い込み
最近よく耳にする“レジリエンス(resilience)”という言葉。
心理学では「逆境から回復する力」と訳されますが、
本来は「折れたあとに形を変えて生きていく力」という意味に近いそうです。
しかし日本では「折れない心」と訳されることが多く、
まるで“折れたらいけない”“強くなければならない”という印象を持たれることがあります。
私たち支援者も、その空気を知らないうちに吸い込み、
「子どもには立ち直ってほしい」「前向きでいてほしい」と
無意識に“強さ”を求めてしまうことがあります。
でも、「折れないことが大事」という思い込みをそっと手放してみたら、
子どもたちの痛みや揺れを、もう少し深く聴けるようになるかもしれません。
「折れてもいい」と思える子どもとの関わり
子どもが落ち込んでいたり、心が折れそうになっているとき、
私たちはつい「がんばって」「立ち直って」と励ましたくなります。
けれども、「折れてもいいよ」と思える関わりの中でこそ、
子どもたちは安心して自分の気持ちを表現できるのではないでしょうか。
誰かに「そのままでいい」と受けとめてもらえたとき、
子どもは少しずつ、自分の中に“生きていく力”を見つけていきます。
支援者の役割は、折れないように守ることではなく、
折れても大丈夫だと思える場をそっと支えること。
その安心感が、子どもたちが立ち上がる力になります。
思い込みを外した先に見えるもの
「折れないことが大事」という思い込みを外してみると、
子どもの“痛み”がただの“弱さ”ではなく、
その子なりの“生きる力のかたち”として見えてきます。
そして、「立ち直らせよう」とするより、
「今ここ、の気持ちを受け止める」ことの意味が、
少しずつ実感として感じられてくるのではないでしょうか。
私たち支援者が、
子どものそのままを受けとめられたとき、
子どもたちは、自分の中にもう一度“生きる力”を見つけていけるのだと思います。
問いかけ
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「折れないことが大事」と思い込んでいませんか?
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“立ち直る”を急がせたくなるとき、あなたの中にはどんな願いがありますか?
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「折れてもいい」と思える関わりを、どんな場面で大切にしたいですか?
今日できる小さな一歩
誰かが落ち込んでいるとき、「立ち直って」ではなく、
「今のままでも大丈夫」と伝えてみましょう。
そのひと言が、安心して息をつけるきっかけになるかもしれません。
今日のサスケさん💕
かわいい柴ベーグル🥯
美味しそう💕

