責任って、いったい何だろう?
「思いがけない妊娠を避けるためには、責任が持てるようになるまで性行為はしないこと」
性教育の場面で、大人がよく口にする言葉です。
確かに一理あるように聞こえます。
でも私は、ここにずっと疑問を感じてきました。
大人は本当に責任を持って性行為をしているのでしょうか?
思いがけない妊娠や想定外の出来事に直面するのは、大人も同じはずです。
こんな疑問、少し子どもっぽい考えかもしれません。
けれど、大人が子どもに「責任を持ちなさい」と言うとき、
私たち自身はどうなんだろう?と、やっぱり考えてしまうのです。
高校生からの問いかけ
あるとき高校生にこう聞かれました。
「責任って、お金を出すことですか?」
さらに別の生徒は「結婚することですか?」と。
その子たちにとって“責任”は、とても現実的で重たいイメージだったようです。
でも私は、心の中でこう思いました。
「じゃあ、お金を出せばいいの?結婚すればいいの?本当にそれで責任を果たしたことになるの?」
その場でどう答えていいのか、正直迷いました。
子どもたちの問いはとても真剣で、
でも大人がいつも言っている「責任」という言葉の中身は、私自身にもまだ曖昧だったのです。
責任にはいくつかの方向がある
あとから考えてみると、責任には大きく3つの方向があると感じます。
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行為そのものに対する責任
➔自分が望んでいるのかどうか。無理していないか。避妊を考えているか。
これは「自分自身に対する責任」と言えるかもしれません。
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結果に対する責任
➔避妊をしても妊娠や性感染症の可能性はゼロにはなりません。
もし起きたときに、どう受けとめ、どう動くかを考えること。
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相手に対する責任
➔性行為はひとりでは成り立ちません。相手の気持ちや身体を考えること。
避妊を相手任せにしないこと、同意を大切にすることも含まれます。
責任って「お金を払う」ことだけじゃなく
こうしていろんな方向から考えられるものなんですよね。
そして、国際的な性教育の指針である
ユネスコ『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』でも
責任は「自分の行動が自分や相手、社会に与える影響を理解し、判断していく力」と位置づけられています。
知識を与えるだけではなく、「自分で考えて選ぶ力」や「相手との関係を大切にする力」を育てることが、責任を学ぶことにつながると示されているのです。
大人も完璧じゃない
ここで改めて思うのは――大人だって責任を完璧に果たしているわけじゃない、ということです。
たとえば健康診断の再検査を「まあいいか」と後回しにしたり、
人との約束を忘れてしまったり、
ちょっとしたことでも“責任”を軽く扱ってしまうことが私たちにはあります。
そんな軽い場面ですら責任を後回しにするのに
性という大きなテーマだけ「子どもは責任を持ちなさい」と言い切るのは
やっぱり不誠実ではないでしょうか。
だからこそ、大人が正解を知っているふりをして教えるのではなく、
「大人も迷うし、時には後悔する。だからこそ一緒に考えよう」という姿勢を持つことが大切だと思うのです。
あなたにとって「責任」とは?
私自身にとって「責任」とは、完璧にやり遂げることではありません。
そのときの行動について「なぜそうしたのか」「どんな思いがあったのか」を説明できること。
そして、その結果がどんなものであっても自分のものとして受け入れることです。
ここで「受け止める」ではなく「受け入れる」と言いたいのは、
ただ表面的に反省するのではなく、きちんと自分の中に引き受けたいからです。
そのうえで改めて問いかけたいのです。
あなたにとって「責任」とは、どんなことを指すのでしょうか?
子どもに「責任って何?」と聞かれたとき、あなたはどう答えますか?
今日の問いかけ
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あなた自身が「責任」と聞いてまず思い浮かべるのは何ですか?
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子どもに「責任って何?」と聞かれたら、どんな言葉で答えますか?
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あなたが「これは責任を持った行動だったな」と感じた出来事はありますか?
今日できる小さな一歩
自分にとって「責任」とは何か、3分だけでも考えてみましょう。
紙に一言でもいいし、頭の中で思い浮かべるだけでもかまいません。
その気づきが、子どもに誠実に向き合う一歩になります。
noteもどうぞ
今日のサスケさん💕
夜でも踏切は座って(?)待ちます笑
かわいい💕

