「信じて見守る」は何もしていないように見えるけれど
「信じて見守る」って聞くと、ただ黙っているだけ、子どもに丸投げしているだけ、そんなふうに思われがちです。
私自身も、実際に「それって何もしていないことじゃない?」と指摘を受けたことがあります。
そのときは正直、ぐさっときて、心がへこんでしまいました。
でもしばらく考えてみたんです。
「私は子どもたちの何を信じて、見守っているんだろう?」って。
私が信じているのは“子どもの心の力”
そのとき気づいたのは「子どもたちの行動」を信じているんじゃない、ということでした。
どんな行動にも、その奥には“想い”がある。
行動そのものは未熟であっても、その行動を選ばざるを得なかった子どもの気持ちや願いは、ちゃんと存在している。
だから私は、子どもたちの「心の力」を信じているんだな、と。
たとえ失敗しても、遠回りしても、その子の心は必ず動いていて、その力を使って成長していけると信じているんです。
心理学者のカール・ロジャーズも「人は自らの可能性を実現しようとする力を本来備えている」と語っています。
それを信じられるかどうかが、大人の役割なんだと思います。
自分を信じることも問われている
「信じて見守る」って、相手を信じるだけではありません。
「自分が信じる選択をしている」という自分への信頼も必要です。
思い出すのは、とある荒れた中学校に養護教諭として勤務していたときのこと。
喫煙や飲酒、家出を繰り返す、いわゆる「問題児」と呼ばれる生徒がいました。
教室にはほとんど行かず、保健室に登校してくる子。
私の愛情を試すように、わざと怒らせるようなことをしてくることもありました。
でも少しずつ関係を築いて、「この子とも信頼関係ができてきたな」と感じていたある日、彼が学校で大きなトラブルを起こしました。
私は「どうしよう!私が何とかしなきゃ!」と焦り、当時心理学を学んでいた先生に相談しました。
するとその先生にこう言われたんです。
「あなたはこの子を信じてないんだね」
「信じてます!」と即答した私に、先生は静かに言いました。
「信じてるんじゃないよ、今、あなたは“心配してる”。
心配するっていうのは、この子が何もできない子だって思っているからなんだよ。」
その言葉にハッとしました。
私はこの子がきっと良い方向に進めると、心から信じ切れていなかったんです。
心配という名の“不信”を抱えながら関わっていたのだと気づかされました。
あの瞬間は厳しい指摘でしたが、大きな気づきをもらった出来事でした。
信じて見守る=子どもの「安全基地」になること
心理学では、子どもが安心して挑戦できる存在を「安全基地」と呼びます。
信頼できる人がそばにいるからこそ、子どもは安心して遠くまで冒険に出られる。
うまくいかなくても「戻れる場所がある」と思えるから、また立ち上がれるんです。
学校や家庭でも同じで、「見守ってくれている」という安心感があると、人の脳は“安心モード”になり、学びや成長に向かいやすいといわれています。
逆に不安が強いと、脳は“防御モード”になってしまい、新しい挑戦をしにくくなるそうです。
だから「信じて見守る」という姿勢は、子どもにとっての“安全基地”をつくっている行為でもあるんです。
だから、私は「信じて見守る」を続ける
もちろん「見守る」って、ときにとても不安になります。
「このままでいいのかな」「もっと手を出した方がいいのかな」と、迷う瞬間は何度もありました。
でもそのたびに、「子どもの心の力」と「自分が力になれる」ということを信じ直すんです。
信じることは、何もしないことじゃない。
むしろ、信じて待つことほど、勇気と覚悟がいる行動はないのかもしれません。
だから私は、これからも「信じて見守る」を選んでいきたいと思っています。
今日の問いかけ
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あなたが「信じて見守った」経験はどんなときにありますか?
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子どもの行動の奥にある「心の力」に、どんなふうに気づけそうですか?
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あなたは「信じる」と「心配する」を、どんなふうに区別していますか?
今日できる小さな一歩
子どもの行動を見たときに、心の中でこう問いかけてみてください。
「私は今、この子を信じてる? それとも心配してる?」
小さな違いに気づくことが、“信じて見守る”の第一歩になります。
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今日のサスケさん💕
まだまだ暑いけど、これから秋・冬がやってくるというのに…今さらながら換毛期🐕
かわいい💕

