🌸 母の日に思う——“母の呪い”が解けた日と、子どもたちのやさしさ
今日は「母の日」。
この日が来ると、私はいつも、
母とのある出来事を思い出します。
かつての私は、
母の期待に応えようとする「いい子」でした。
母が安心できるように、
母が喜ぶように。
それが“愛”だと思っていたし、
それが“幸せ”への近道だと信じていたから。
でもある日、私は決めました。
「私は、私の人生を生きていきたい」と伝えよう——と。
それは、母との決別を覚悟した瞬間でもありました。
震える声で想いを伝えた私に、
母は、少し寂しそうに、でも穏やかにこう言いました。
「心配はするけど、それは親だから。
私とあなたは、似ているけど別の人間。
もう、あなたのことはあなたが決めなさい。」
そのとき、私ははじめて気づいたんです。
母の呪いなんて、最初からなかったんだ。
あったのは、ただただ不器用で大きな、母の愛。
そして今。
スクールカウンセラーとして、
私はたくさんの子どもたちと日々向き合っています。
「お母さんに心配かけたくないから、悩みは話さない」
「進路も、ほんとは別の道に行きたいけど、お母さんが応援してくれてるから…」
「お母さんの夢を、私が叶えたいと思ってる」
——どれも、とてもやさしい声なんです。
“大好きな人をがっかりさせたくない”というやさしさが、
ときに、子どもたちを苦しめることもある。
でもそれでも、
子どもたちはやっぱり、親を大切に想っている。
だから私は思うのです。
「母の日」って、
プレゼントをあげる日でも、
理想の親子を演じる日でもなくて——
お互いの人生を、
“ひとりの人間として”見つめ直せる日なのかもしれないって。
たとえ心配しても、
たとえすれ違うことがあっても。
それぞれが「自分の人生を生きていい」と思える関係を、
私たちは、少しずつ育てていけるのかもしれません。
私は、親になったことがありません。
だから、「親の気持ちは本当の意味ではわからない」
——これは正直な気持ちです。
でも、これまでに出会ってきた
延べ何千人の子どもたちの声を、
教室で、保健室で、相談室で、私は聴いてきました。
子どもたちの目に映る“親の姿”、
子どもたちが飲み込んだ“本当の気持ち”。
その一つひとつが、
私の中で確かな“子ども目線の知恵”として育っています。
だから今、
子どもと関わるひとりの大人としてできることを、
私なりの言葉で、丁寧に綴ってみました。
📖 noteにまとめています。
よかったら、読んでみてもらえたらうれしいです🕊
※「母の日」が、あたたかく感じられる人もいれば、
反対に、胸がざわついたり苦しくなる人もいます。
親との関係に、痛みや葛藤を抱えている子どもたちの声が、
私の中にもたくさん響いています。
そうした子たちの気持ちについても、
また別の記事で、ていねいに綴っていきたいと思っています。
どんな人にとっても、
今日という日が、自分を大切にする一歩につながりますように。
今日のサスケさん💕
昨晩、寝室に行ったら…ふとん取られてた!
かわいい💕


