歌唱力アップのための「黄金の1フレーズ」紹介については、もう少し後にさせて下さい。
なぜ、引っ張るのか?
それは、「スズキメソッド」に準拠する「RyuU’s メソッド」において
「絶対にはずしては いけない事」
について、前もって説明し、しっかり押さえておいてほしいからです。
近年、1996年のことです。
人類には「ミラー・ニューロン」というものが備わっている、という発見があります。
人体と脳細胞における「シンクロ的な自動模倣機能」と呼んでも良いでしょう。
幼児がしゃべり始める母語は、両親が喋っている言葉を「自動的に盗み取り模倣し」母語とします。
外部からの「情報」を「食べ物」と考えると、
「食べた情報」を利用して赤ん坊は自分の母語を構成します。
このように、「食べ物」としての「外部情報」として、
「どんな情報」に接して「食する」か?
・・・これで、その人の「能力構成」が決定されて「しまっている」のです。
あなたに、その自覚はありましたか?
王室でキレイで格式高い上品な英語を聴いて育った王族は、「王族英語」を喋るようになります。
場末のスラムで、きたないスラングばかりの言葉を聴いて育つと、下品な言葉を喋る人間になります。
(映画「マイ・フェアレディ」は、言語学者の教授が下品な場末の英語を話す超美人の言葉を矯正して行くお話でもあります。)
そして、
「しゃべり言葉」同様、いえ、それ以上に重要なのが、「職業スキルや芸事(げいごと)」です。
呉服屋の小僧として入った初心者には、まず最も高価な反物を触らせると聞いたことがあります。それを三年続けて、良い物を知れば、悪い物は自動的に分かるようになると。悪い物を見たり触っても、良い物の良さは絶対に分からない。これは真実ですから、この修行を自分に課すべきなのです。
— 富野由悠季bot (@tominobot) 2016年2月11日
すごく的確なコメント。音楽も全く同じです。アイドルになりたがる女の子が、ジャンクなアイドル動画ばかり視聴して自分の芸を磨こうとしている姿は、あわれです。そういう子は芸能生命が短く、すぐ枯れて消えるでしょう。 https://t.co/41FhJBZIKS
— EA総研 (@EA_souken) 2016年2月11日
「最高のもの触れて吸収すること3年」。すると、粗悪なものが自動的に判別できるようになる、というわけです。
逆に、粗悪なもの、低レベルなものに触れ、そればかり食していると・・・、
ゴミを食べていると、その人もゴミになります。
1例を挙げると、
ソロで活動中の地下アイドルで、ルックスはかなり可愛い女の子で、歌が超どヘタな子がいます。その子に、「普段、どんな音楽を聴いているの?」と尋ねたら、
自分の活動の参考にするために、「地下アイドルさんたちの動画」を視聴しまくっている、とのことでした。
そのような「粗悪でヘタな歌唱」を聴いてばかりで、歌がうまくなる道理がありません。
このままだと、この子は歌が超どヘタのまま、終わります。
若いうちは、「かわいさ」が歌唱の悲惨さをカバーします。
いえ、カバーするというより、ファンである男性たちが、「彼女の若さ」という蜜を吸いに集まっているので、歌唱の悲惨さに、目をつぶって我慢しているだけなのです。
アイドルやっている女の子も、大人になって行くにつれ、可愛さが劣化して行く中で、「歌唱の悲惨さ」が徐々に「恥ずかしく思わずにはいられない」という「大人の判断力」が育って来てしまいます。そうなると、自分で、恥ずかしくて、やめるしかありません。
たとえば、30歳で、悲惨な歌唱力のまま生き残っているアイドルっているでしょうか?
そういう子は、自由経済の中で、ファンが去り、収益を上げられず、消えて行くだけです。
まずいラーメンや、まずい食事を出すレストランからは、「お客が離れて、その店は潰れる」
というのが、「選択の自由」が顧客側にある「自由経済社会のシステム」なのです。
顧客側の「選択の自由」ゆえに、顧客は「良いモノ」を自由に愛してえらび取るので、作り手は、顧客に選ばれるような「良いモノ」を作ろらねばならない、と奮闘努力をしないではいられない・・・・という、人類を経済発展させるための「見えざる手」が働いているのです。
ステージで、良い歌唱、上手な歌唱、心を打つ歌唱、楽しい歌唱、ノリノリの歌唱、見事なダンス、その他もろもろ・・・
世知辛い、憂き世を忘れさせてくれる「龍宮城のような」楽しい「夢のような一夜」を提供してくれる・・・そんなアーティストを、人々は求めています。
「アーティストのステージ」は、提供される「レストランの食事」に相当します。
それが、まずかったら、お客は離れて行きます。それだけです。
それが、超おいしかったら、お客さんは、また来ます。どんどん、来ます。
だから、お客に提供する「食事」に相当する「歌唱」についても、
「厳しい眼で、味見をする人」が、その「出来ばえ評価」に、意見を言うべきです。
しかし、他人まかせでは、そのアーティストは、所詮、ダメです。
そうではなく、その「第一の厳しい味見人」に「自分自身がなるべき」なのです。
ステージの動画を必ず撮影しておき、毎回「反省会」として動画上映会を行なうべきです。
みんなで、今回のステージは、「あそこは、もっと、こうした方が良かったね」
という意見を出し合い、「カイゼン・サイクル」を回すようにします。
こうした「前進・進歩」のための作業は、
「自動車会社のPDCAサイクル」と全く同じことです。
ところが・・・・・・
「最高のもの」を知らないと、どのようにカイゼンしたら良いか、
その判断すら、つかないことになってしまうわけです。
「ミラー・ニューロン」が働いているのは止められないので、
「クズなパフォーマンス」ばかりを食していては、その人の芸は、ひどいクズ・レベルで終わります。
ゆえに、「最高のもの」を求める「カイゼン・サイクルの道」においては、
芸事では、「最高レベルのパフォーマンス」に常に接する、ということに努めて、
自分のミラー・ニューロンの機能を利用して、その最高パフォーマンスの神髄を「盗み取る」「吸収する」「自分のものにする」という・・・・
「自己教育的な環境づくり」に気をつかわなければならないのです。
このことは、
「黄金の1フレーズ」の練習においても、当てはまります。
お手本となる「最高のパフォーマンスの歌声の1フレーズ」が既にあって、
それ、そのレベルの出来映えにまで、自分の歌唱を磨いて行く、
という方向性で、日々、訓練して磨いて行くこと・・・・そこにカイゼンの方向性がある
のです。
「自覚的な目的的な行動」として「磨いて行く」のです。
以上、今回のまとめ。
人類には、ミラーニューロンが備わっているので、手本・目標となるような「最高のパフォーマンス」に接して、「それを吸収する修行」こそが、「芸事の基本中の基本」であり、
この「RyuU’s メソッド」においてもそれは同様である、ということ。
「正しい音程を刷り込む作業」が完成するまでは、
ジャンク(クズ)な音楽は、聴くべきではないし、聴かないように、避けるべきこと。
今回は、以上です。
とは言っても、「何がジャンク(クズ)な歌唱か?」わからない人も多いでしょう。
次回は、「正しい音程」との関連で、こういう歌唱は音程が・・・と解説して行きます。