載せようかどうしようか
迷ったけど...
ドロドロしてます。


20代前半の恋愛結婚だった

その前に、その人の子どもを
ごめんなさいした。
若かった。


仕事が落ち着いた頃、
上の子を授かり
結婚した。
今は授かり婚なんて言うけど、
その時は、出来ちゃた婚って言われてて、
ちょっぴり複雑だった。

最初の子の事があったから、
計画的反抗って、私たちは言ってた。

上の子が出来て、
物凄く私たちは嬉しかった。

生まれてからも、その可愛い姿と
パパ・ママという響きに
癒され、嬉しさでいっぱいだった。
幸せだった。

子育ては、楽しい事だけでなく
大人になりきれていない
親になりきれていない
私や夫の関係は
少しずつ崩れていった

お腹に宿った時から、
母親へと変化していく女性と
子どもの姿を見てから
父へと変化していく男性。
(人それぞれ違いはあると思うけど)
感じ方は少し違っていて、
子育てに忙しい私は、
夫の事まで、気が回らなかった。

そこから、夫の寂しいアプローチは
始まり、徐々に酷くなった。

半年後、再び子どもを授かった。
実家の母に相談すると、
年子は大変だ...と
やむなく、ごめんなさいをした。
(今思えば、やってやれないことはなかったと思う。自分の意志が弱かっただけ)

子育てと夫の事とで涙する日もあったが、仕事復帰し、公私ともに忙しくなってきた頃、下の子を授かった。
嬉しい半面、
色々悩むことが多く、
夜中に飛び降りを考える程辛かった。

お腹をさすりながら、
ごめんね。ママを助けて。
と何度も願った。

とある占い師に、
下の子は、あなたを守るために生まれてきたんですよ。
の言葉に、涙したことがあった。
悩まされることもあるけれど、
確かに私を助けてくれてる。
(あの時、間違った考えを起こさなくてよかった。)

2歳離れの兄弟
子ども達の言葉や動きが速くなり、
手がかかると同時に
夫の行動も怖さを増し、
子ども達が泣く前に私が
怒ると言う理不尽な行動をしていた。

子どもが泣くと、壁を叩き
思うようにならないと、壁を叩き
リモコンや箱が宙を舞う
怒鳴り声が響く

怖くて怖くて、仕方なかった。

実家の母に電話で相談すると、
何話してんだよ。
ベラベラ話してんじゃねーよ
と電話線を切られたり、

夜の大人の時間は苦痛でしかなかった。

あたしって一体

話し合いができればいいけど、
話し合いにならない。

話し合いたいと言うと、
ゴロゴロ寝転んで、
話って何?何の用?
と向き合うことが出来ない。

父親という名が付くだけで、
父親なんかじゃなかった。
父親になりきれてない。

私は、私を責めはじめ
私がこうしてるからいけないんだ
私がこうさせているんだ
私が...私が...私が...
と自問自答の自己嫌悪

気持ちが伝えられない
気持ちが伝わらない
お互いに分かり合えない

苦しかった
辛かった

夕方が怖かった
帰ってくる時間が苦痛だった

わざと、夕方買い物に行く...と家を出て、
スーパーやドラッグストアに行っては、
帰りたくない。
怖いよ
嫌だよ
と泣いてた。

幼い子ども達に、
ママ泣かないで。笑って。

と言われていたことを思い出した。
いつも泣く場所は、ドラッグストアの中
安心出来る場所だった。


意を決して
2歳と4歳の子を連れて、家を出た。


私がいけない
私がいけないから
私が何とかしなくちゃ
私があの人を何とかしたい

そんな事を頭の中で、グルグル考えていた
私は典型的らしい


夫から離れ
私は脱力感でいっぱいだったが、
子ども達は元気いっぱいだった。

夫から受けた嫌な思いを、
今度は子ども達に向けるように
なっていった。

怒鳴ったり、
叩いたり
私はどうしたいんだろ
泣きながら、謝る私
子ども達と一緒にいたくない
居なくなって欲しい
そんな事が頭の中でグルグルした

うつ病と診断された。

それと同時に、携帯には
私を探す電話と中傷メールが、
やむ事なく鳴り続けていた



思い出したら、苦しくなってきた
こんな事もあった

これは私側の思い