ミエリンが壊れるとタウがたまる? アルツハイマー病の新しい仮説 | みのり先生の診察室

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アルツハイマー病というと

「アミロイドβがたまる病気」
「タウ蛋白がたまる病気」

というイメージを持っている方が多いと思います。

もちろん、アミロイドβやタウはアルツハイマー病の重要な病理所見です。

でも今回、とても興味深い論文を読みました。

 

https://alz-journals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/alz.71774

 


タイトルは、

When myelin breaks, tau aggregates — a new perspective on Alzheimer’s disease

日本語にすると、

「ミエリンが壊れると、タウが凝集する ― アルツハイマー病の新しい視点」

という内容です。

2026年に Alzheimer’s & Dementiaに掲載されたPerspective論文です。

この論文が提案しているのは、

「神経細胞が傷むからミエリンが壊れる」のではなく、ミエリンの障害そのものがタウの異常を引き起こしている可能性があるのではないか

という考え方です。

とても面白い視点です。
 

 

そもそもミエリンって何?

 

神経細胞には「軸索」という長い突起があります。

電線をイメージしてもらうと分かりやすいでしょう。

その電線の周囲を覆っている絶縁体のようなものが、ミエリン(髄鞘)
です。

以前は、単に神経の電気信号を速く伝えるための“カバー”のような存在だと思われていました。

ところが今では、ミエリンにはそれだけではなく、

神経の働きを調節したり、神経細胞の代謝を支えたり、組織の修復にも関わったりする重要な役割があることが分かってきています。

そして、このミエリンを作っているのがオリゴデンドロサイトという細胞です。

 

 

アルツハイマー病では「最後にできたミエリン」から壊れやすい?

 

ここが、この論文の非常に興味深いところです。

脳のミエリン化は、胎児期から始まり、成人初期まで続きます。

脳幹など生命維持に重要な場所から先にミエリン化し、前頭前野など高次の認知機能を担う場所は、比較的遅くまでミエリン化が続きます。

そして以前から、

アルツハイマー病におけるタウ病変の広がり方は、脳がミエリン化していった順序を逆向きになぞるように進む

ことが指摘されていました。

つまり、

最後にミエリン化した場所ほど、加齢とともに先に壊れやすいのではないか

という考え方です。

これを「retrogenesis(逆発生)」モデルと呼びます。

そこで著者らは、

ミエリンの障害が、タウ病理の“結果”なのではなく、むしろ“きっかけ”になっている可能性があるのでは?

と考えたわけです。

 

 

ミエリンが壊れると、どうしてタウがたまるの?

 

論文では、大きく3つのメカニズムが提案されています。
 

 

 ① 神経細胞がエネルギー不足になる

 

オリゴデンドロサイトはミエリンを作るだけではありません。

乳酸やピルビン酸などのエネルギー源を軸索へ送り、神経細胞のエネルギー代謝を支える役割があります。

そのためミエリンが壊れると、

ミエリン障害
↓
神経へのエネルギー供給低下
↓
ミトコンドリア機能低下
↓
タウ蛋白の異常なリン酸化
↓
タウの凝集

という流れが起こる可能性があります。

タウ蛋白は本来、神経細胞の中にある「微小管」を安定させる大切な蛋白です。

ところが過剰にリン酸化されると微小管から外れてしまい、タウ同士が集まって異常な塊を作りやすくなります。

これが神経細胞内の輸送システムを壊し、さらに神経障害を進めてしまいます。
 

 

② ミクログリアが「ゴミ掃除」で疲弊する

 

もう一つ非常に面白いのが、ミクログリアの話です。

ミクログリアは脳の免疫細胞で、脳内のゴミを掃除する役割を担っています。

ミエリンが壊れると、大量のミエリンの残骸が発生します。

しかもミエリンは非常に脂質の多い組織です。

そのためミクログリアがミエリンの残骸を大量に処理すると、脂質を抱え込みすぎて機能不全になる可能性があります。

論文では「lipid-droplet-accumulating microglia(LDAM)」という、脂肪滴がたまったミクログリアについても取り上げられています。

この状態になると、酸化ストレスや炎症が増え、ゴミを処理する能力も低下するとされています。

ものすごく単純化すると、

ミエリンのゴミ掃除に追われて、タウまで掃除できなくなる

というイメージでしょう。

これは分かりやすいですね。
 

 

③ オリゴデンドロサイトが「タウの中継地点」になる?

 

さらに興味深いことに、タウ蛋白は神経細胞だけにあるわけではありません。

ミエリンを作るオリゴデンドロサイトの中にも存在しています。

ミエリン障害によってオリゴデンドロサイトが酸化ストレスや代謝ストレスを受けると、タウ蛋白の処理がおかしくなり、異常なタウを蓄積したり、放出したりする可能性があると考えられています。

そしてそれが、タウが脳内の神経ネットワークを伝って広がっていく“中継地点”になるのではないかという仮説です。
 

 

実は「ミエリン障害のほうが先」というデータもある

 

ここはかなり重要です。

アルツハイマー病の典型的なタウ病理が出てくる前から、ミエリンの生合成異常が見つかっている研究が紹介されています。

また脳画像研究では、

ミエリンが多く保たれている脳領域ほど、tau-PETのシグナルが少ない

という関連も報告されています。

さらにアルツハイマー病とは別の病気ですが、代表的な脱髄疾患である多発性硬化症でも、タウの異常リン酸化が確認されています。

こうした研究を合わせると、

「ミエリンが壊れた結果としてタウ異常が起きる」

という可能性は、十分に考える価値がありそうです。

 

 

ただし「ミエリンがアルツハイマー病の原因」と証明されたわけではありません

 

ここは誤解のないように書いておきたいと思います。

今回の論文は、「ミエリン障害がアルツハイマー病の原因である」と証明した研究ではありません。

新しい臨床試験を行った論文でもなく、これまでの研究結果を組み合わせて新しい病態モデルを提案したPerspective論文です。

著者ら自身も、

ミエリン障害だけがタウ病理の原因ではない

と明確に書いています。

加齢、血管障害、慢性炎症、ミトコンドリア障害、全身の代謝異常なども、ミエリン障害とタウ蓄積の両方に関係する可能性があります。

また、

ミエリン障害 → タウ異常

だけではなく、

タウ異常 → オリゴデンドロサイト障害 → ミエリン障害

という逆方向も考えられます。

つまり、

ミエリン障害とタウ病理が、お互いを悪化させる悪循環

になっている可能性があります。

 

 

「タウを減らす」だけではなく「ミエリンを守る」という発想へ

 

この論文を読んで私が一番面白いと思ったのはここです。

これまでアルツハイマー病研究では、

「アミロイドβを減らす」
「タウを減らす」

ということに大きな注目が集まってきました。

でも、

なぜその場所にタウがたまるのか?

という視点から考えると、

その背景にあるミエリンの状態も見なければならないのかもしれません。

著者らも

ミエリンを保護すること

神経細胞とオリゴデンドロサイトの代謝連携を保つこと

ミエリン障害に対するミクログリアの異常反応を抑えること

 

などが、将来、新しい治療戦略になる可能性を指摘しています。

 

 

認知症は「神経細胞だけの病気」ではないのかもしれない

 

アルツハイマー病というと、どうしても「神経細胞が死んでいく病気」というイメージになります。

でも脳は神経細胞だけでできているわけではありません。

オリゴデンドロサイトも
ミクログリアも
ミエリンも

神経細胞を取り巻く環境全体が大切です。

今回の論文は、

「アルツハイマー病を神経細胞だけの病気として見ていていいのだろうか?」

という問いを投げかけているように感じました。

まだ仮説の段階ではありますが、

ミエリンをいかに健康に保つか

という研究が進めば、

アルツハイマー病の予防や治療についても、今までとは違ったアプローチが見つかるかもしれません。

非常に興味深い研究分野だと思います。


【参考論文】

Tiane A, van den Hove D, Vanmierlo T.
When myelin breaks, tau aggregates — a new perspective on Alzheimer’s disease.
 

Alzheimer’s & Dementia.2026;22:e71774. 

DOI:10.1002/alz.71774


 

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