蘇我馬子って小学校で習いましたよね。

 

中学の歴史の授業で習ったのかな~

 

飛鳥時代の人です。

聖徳太子の前か後かは忘れました(笑)

 

調べたら聖徳太子の方がちょっと後です。

 

いろんなことを忘れたけれど

教科書で見た奈良の石舞台は覚えています。

なんの関係があるんだっげ?

 

検索したら馬子のお墓だったらしいです。

 

ところでこの時代って漢字だらけなんですよ。

 

ひらがなが出来たのは平安時代。

 

仮名がまだ生まれてないから

漢字だらけも仕方ないけど

とにかく漢字が多くて人名も読みにくい。

 

天皇という呼び名もなくて

当時は「大王」だったそうです。

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この本

「紅蓮の女王」

 

タイトルはちょっと恥ずかしいけど

中公文庫だから学術書ぽいし

 

「小説 推古女帝」

というサブタイトルだし

 

がんばって読み始めました。

 

出てくる名前が漢字だらけで長いんです。

 

放り出しそうになってます(笑)

 

で、驚いたのが

蘇我馬子が百済、

つまり韓国から来た人だったらしいこと。

 

馬子の何代か前が渡来人だったらしい。

そう言えば東京にも高麗(こま)という駅がある。

 

彼岸花で有名な巾着田のある駅。

私はここで下りて日和田山にまず登り

 

まわった山の名前は忘れたけれど

 

いくつかの山を縦走したことがあるんです。

これは途中のどこかの山。

 

私はいつも単独行なので

写真は知らない誰かに撮ってもらいます。

 

手が短いせいでしょうか

自撮りすると変な顔になるんですよ~(笑)

というわけで

 

子供のころから親しみを感じていた蘇我馬子のルーツが韓国だったと知り

 

日本と韓国はすご~く親しかったんだな~

 

と改めて驚いたというだけの

どーでもいい話でした(笑)