ちょっとだけ涼しかった日曜日。

 

いつものように母の散歩に行きました。

 

今回は初めて

ん?

と感じる事態発生。

 

もしかしたら最後の時が近いのかも?

 

いつどうなってもおかしくない102歳。

とっくに覚悟はできています。

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散歩の初めから微妙な違和感がありました。

 

最初から変だったんです。

 

歩きはじめてすぐに

「寒いわ。もう帰ろう」と言い出す母。

 

「夏やのに寒ないやろ」

「夏な~私は寒い」

 

日陰だから寒いのかな~とも思いつつ

歩きはじめたばかりで帰る気にはなれない。

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「まあ綺麗な鶏頭」

 

赤で連想したんだな~と思いつつ

「どこに鶏頭?」いちおう聞いてみる。

 

「ここや」

「それ曼珠沙華や」

「ああそうか。曼珠沙華やった」

 

そのあたりまでは良かったんです。

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曼珠沙華はあちらにもこちらにも。

 

先週の日曜にはまったく見かけなかったのに

いろんなところで咲いていました。

 

草でおおわれた川の中にも曼珠沙華。

 

ようやく秋がはじまった(^^♪

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私は曼珠沙華を見たくていつもと違うルート。

 

母はいつもの道じゃないと気づかない様子。

 

いや、気づいているのかもしれないけど

反応はなし。

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左手は二級河川。

 

びっしりと緑に覆われてます。

 

いつもの道より傾斜があるので

私は押すのに気を取られ

母の反応がニブクなったのに気がつかない。

 

それでも一応は花を見ているんです。

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視覚的な刺激

とくに目の前のものには反応しやすい気配。

 

たしかに目を引く色でしたけど。

 

そのうち

「もう帰ろう。ガタガタ道はお尻が痛い」

と言うので素直にUターン。

 

帰り道の母は無口。

 

行きには反応した花にも帰りは無関心。

 

閉じこもった感じというか

とつぜんスイッチが切れた気配。

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「クズの花や。根っこから葛粉をとるらしい」

 

前回は興味をしめし

名前を知りたがった花なのに

 

教えても今回は無反応。

 

綺麗とすら言わない。

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痩せてしまって

ガタガタ道だとお尻が痛くなるから

疲れたのかな。

 

そんなことを思いながら施設に帰りました。

 

母は自分で水を出して手を洗ったけれど

私に対しては無反応。

 

「ほな帰るよ~」

 

いつもなら顔を見て目を合わせ

うなずきながら「ありがと」と言うのに

 

今回はまったくの無表情。

無反応。

 

母は自分の世界を小さく閉じてしまっている。

 

幼い子供たちは

成長につれて自分の世界を広げていくけれど

 

年を取って

終わりが近くなると

自分の世界を小さく狭めるってことか。

 

そうやってエネルギー量を低下させて

炎が消えるように

静かにいのちを消滅させるのかもしれない。

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最期が近いのかも。

 

初めて

そんなことを実感した日曜散歩でした。