生まれたからには誰しも死を避けられない。

 

自分が必ず死ぬと私たちは知っている。

 

手塚治虫の『火の鳥』には

永遠に死ねない男が登場。

 

死ねない悲惨さを突きつけられます。

 

年を重ねていくわけだから

体はシワシワになり

ボロボロになる。

 

内蔵機能だって衰えるだろうから

あっちこっちが痛かったり

不調だったり

快適でさわやかな目覚めなんてのも少ないかも。

 

何百歳にもなった人は他にいないから

苦しさつらさを誰にも分かってもらえない。

 

医者だって初めて診るケースだろうから

老化ですね、お大事にで片付けられそう。

 

死ねないってものすごく孤独でしょうね。

 

そうなると

永遠のいのちってある種の刑罰。

 

火の鳥を読んだとき

死は恵みなんだと感じたものです。

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それでも我々は死を恐れる。

死にたくないと思ってしまう。

 

もちろん人は必ず死ぬと分かっています。

 

でも、なぜか、

フツー、自分の死には実感がない。

 

死は常に他人の身におきるもの。

自分は死なないような気がしている(笑)

 

これは私だけじゃないと思う。

皆そうなんじゃないかな~

 

そうでなければ

こんなにのろのろグダグダしてないはず。

 

もっと必死に生きているんじゃないかな~

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明日があるかどうか不明なのに

我々は明日があると

無意識に思いこんでいるんでしょうね。

 

でも薄々は明日が永遠に続かないと感じている。

そして死を恐れる。

 

「今」を失いたくないんでしょうか。

我々は

喪失をものすごく怖れてるってことか。

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朝はこんな感じで

もう花は終わったかと思ったのに

 

午後になったら

元気に咲いていました。

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そんなもんですよね。

 

死ぬも生きるも

成り行きまかせで問題なし。

 

なるようになるってことでしょうかね。