30年前、私は18歳の受験生でした。

 

1月17日はセンター試験

(今の共通テスト)を

終えたばかりでしたが、二次試験に向けて

夜中まで勉強していたので眠りが浅く、

地響きで目が覚めたのを覚えています。

 

 

大阪市内もそれなりに揺れましたが、

前年に建て替えたばかりの団地に

住んでいた我が家は

棚の上から物が落ちたり、食器が割れたりと

ちょっとした被害ですみました。

 

 

自転車通学できる学校だったので

いつも通り高校に登校しましたが、

自宅が被害にあって休んでいる同級生や

安否確認がとれない先生が何名かいて

授業も通常より早めに終わったと思います。

 

 

志望校はすべて京都の大学だったので

受験には影響ありませんでしたが、

持病の薬がなくなってしまったため

震災後間もなく、

三宮・元町へ行かなくては

なりませんでした。

 

 

まだ鉄道は途中までしか復旧しておらず

徒歩とバスを乗り継ぎながら病院へ...

 

 

あんなにオシャレで綺麗だった神戸の街が

まるで「火垂るの墓」で描かれた

空襲直後の様に変わり果てていて

しばらく呆然と立ち尽くしてしまいました。

 

 

あの日から30年。

これからどうなってしまうんだろうか...

と思っていた街並みは

多くの方々の尽力で美しく復活し、

以前にも増して魅力的に生まれ変わりました。

 

 

第二次世界大戦の終戦から30年後は1975年。

私が生まれた年の前年です。

幼い頃、夏休みなどに広島の伯父や伯母が

戦争当時ことを話してくれていた時の感情が

ほんの少しだけ理解できるようになりました。

 

 

辛いけれど忘れられない。

後の世代に伝えていかないといけない。

でも、言葉にすることは難しい。

30年は長いようであっという間だった。

 

 

当たり前の日常が

ある日突然なくなってしまうことがある。

けれど、

人が生きている限り、営みは続いていく。

 

 

会いたい人には会いに行こう。

伝えたいことはスグに伝えよう。

「おはよう」

「おやすみ」

「いってらっしゃい」

身近な人には必ず声をかけよう。

 

 

私にとって1月17日は

そんな当たり前で大事なことを

改めて思い出す一日です。