奄美大島
8年ぶりの奄美大島
奄美大島は日本で最も美しい大自然が残る島の一つで、もっと言えば世界的にも最も美しい島の一つである。
空港に着き、友人のゆうせいのサーフショップ、CAN NEN SURFに到着。
その時、不思議と西郷隆盛氏のことが脳裏に浮かんだ。
その瞬間である、なぜだがレンタカーのナンバープレートに目をやり、飛び込んできた番号が1219。
1219は僕の誕生日で、自分の中では勝手に言いに行くと解釈しており、あーまた始まったんだなーと、かつてのサーフィン連盟の革命や再処理工場のことを思い出しながら、この旅はきっと未来につながると予感した。
一見、数字がなんだと思うかもしれないが自分の人生はこうゆう偶然が多すぎる。
今回の訪島は、サーフボードの試乗会とマイクロプラスチックの講演で、特に子供達に講演することが目的だった。
島の子供達はとにかく元気で、どこか?都会の子供達とは違う目をしていて、生き生き強い目をしていた。
自分が泊まった宿のオーナーも川崎出身で、息子のぜんそくが奄美に来たら治ったので、家族でこちらに引っ越してきたと微笑ましい話をしてくれた。
真冬の奄美大島は初めてで、東シナ海側で腰ぐらいの波で子供達とサーフィンをし、夜はラスタビッチ主演の映画、ネバータウンを見た後に自分の講演をした。
夜9時過ぎだったので子供達は寝てしまうと思いきや真逆で、目がぱっちり開いているではないか!!
これには僕はびっくりして気合いが入ったね。
でも、気合いを入れすぎるとみんなが離れていく過去があったので、ゆったりと和やかに自然のリズムを感じながら講演を進めた。
話した内容は欧米の例を出し、まず、高波が来る海の前に住んで、税金で堤防をつくるなら、少し海から離れているところに住んだほうがいいと説明。
次に東日本大震災のその後のエネルギー普及の話や採算を合わす意味で原子力をやりたいことやベースロード電源をどうやったら確保できて、原子力以外でどのような電源供給がベストなのかを軽く説明した。
次にマイクロプラスチックを減らす方法をみんなで考えようと説明。
しかし、びっくりしたね、波打ち際は漂着ゴミが列をなしていて,特に中国から流れてくる漁具の多さにびっくりし、その多さは尋常じゃない。
誤解がないように強く言うが、日本のゴミはごく一部で、ほとんどが中国や東アジアの国々から流れてくるもの。
いくら毎日、毎日、拾っても、嵐の翌日は再び漂着ゴミであふれかえっているのだ。
この漂着ゴミ、実はスチレン油に変えることができる。
まず、高温焼却が可能な適切な施設で処理した後、スチレン油に対応できるように漁船のエンジンを改良すると言う新しい循環サイクルが存在する。
そうすれば、廃棄コストの削減にもつながり、離島の海岸美化にもつながり、食卓にマイクロプラスチック入りの魚や貝も減る。
しかし、スチレン油に変える施設は離島にはない。
税金をテトラポットや過剰な護岸工事に使うなら、護岸工事屋さんにスチレン油を精製する施設を作ってほしいものだ。
中国から流れてくる漂着ゴミはすぐには減ることはないので、臨機応変に新たな事業を考える時代に突入している。
たくさんの人達が協力すれば、いいアイデアが浮かび、そこにお金というものが落ちる仕組みを構築すれば、手と手を取り合うことにつながる。
もちろん、簡単には言ってないが、みんなにとって必要なことに税金を使って欲しいものだ。
最終日は運良く胸、肩ぐらいまでサイズが上がり、飛行機に乗るまでギリギリの時間までサーフィンしたよ。
そして、勝浦に帰ってきて、パソコンで漂着ゴミの活用と調べていたら、このスチレン油のことが書いてあった。
もちろんコストの問題もあると思うが、奄美の行政も少しずつこの漂着ゴミの処理に動き出していると聞いた。
8年ぶりの奄美大島は3泊4日だったが、5泊6日ぐらいに感じる内容の濃い旅となった。





