鎌倉ウルトラプログラム | @DAVID

鎌倉ウルトラプログラム

 

 

不登校の子供達に新たな授業と企画された鎌倉ウルトラプログラム。

 

不登校の理由はそれぞれで、印象に残ったのが、先生が怖いからとか、いじめの問題。

 

じつは、自分も幼年期にはいじめを受けていた。

 

6歳の頃、日本に来て最初に受けたのが、外人、外人という大合唱。

 

それはまるで、動く動物園の檻の中。

 

この外人と言う響きは、じつに悪かった。

 

外の人、害の人って感じで、よく意味がわからなかったが、この言葉は本当にきつかった。

 

それでも自分は幼年期からデンマークやカリフォルニアに住んでいたので、心の中ではそうゆうことを言っている人は、子供に見えた。

 

どこへ行ってもジロジロ見られるので、それがものすごく嫌だった。

 

やがて、鎌倉の七里ヶ浜に引っ越し、近くに山と海があった。

 

山や海に入ると人の視線を感じないので、その開放感がたまらないと同時に、異常と言っていいほど自然に興味があったので、幼年期はサッカー少年と野生児だった。

 

学校の授業はあまり日本語がわからなかったので、先生の話には興味がなかった。

 

それでも進学はしないといけないので、要所は押さえて、いちおう高校は卒業した。

 

そして、高校卒業後は大爆発。

 

ちょうど、ロングボードブームが重なって、試合に勝って、スポンサーがつき、メディア出演も多数こなした。

 

何よりも、スポンサーがついたことにより、念願の夢だった世界への旅が実現した。

 

ざっとこんな感じで子供達に自己紹介し、自分の授業に入った。

 

自分の授業は、海を旅したゴミ物語。

 

海岸に打ち上がるゴミは全体のごくわすかで、90パーセントは海に底に沈む話しや発展途上国は明日食べるものも困っているので、ゴミどころの話ではないという話。

 

このままいくと、2050年には海に捨てられたゴミの総量が魚の総量を越える話。

 

かつて日本も発展途上時  (1960年代 )には、バンバン川や海にゴミを捨てていた経緯がある話。

 

やがて先進国になると少し余裕ができ、綺麗にしようという人達がたくさん現れる話。

 

そして、強調したことは、自分達が捨てたものは、食物連鎖によって自分達の食卓へ帰ってくること。

 

 

人間あっての自然ではなく、自然あっての人間。

 

 

そんなことを子供達に説明して、質問ある人と言ったら、これが凄いのなんの!! 質問の嵐で時間が足りん。

 

この後は材木座の海岸に降りて、鎌倉時代の陶器探しやゴミ拾い、マイクロプラスチックをマイクロスコープで見たり、拾ってきたゴミはリサイクルできるのか?を体験したり、自分で考えると言う授業。

 

不登校ということで依頼され、もっと暗い子達がくると思いきや、全然違うので楽しく授業ができたよ。

 

それと、思ったことがある。

 

不登校になるとそれはそれは孤独になる。

 

でも、同じような子達が集まったことにより、少し安心感が湧いて、元気になったところもあるように思える。

 

あとは、やっぱり海だよね。

 

僕の授業の前は、大学の先生の羊水の話。

 

お腹の赤ちゃんの時はみんな羊水に包まれ、その羊水と海水はほぼ同じ成分で形成されている話。

 

たまに僕も一週間海に入ってない時など、どこか調子わるいが、海に入ると本当に元気になるんだよ。

 

かつて、サンディエゴの教授達が論文を出していたよね、、、海に入ると頭がクリアーになると。

 

教授達はサーフィンをしていて、海に入っていると嫌なことを忘れ、海上がりは頭がリセットされると。

 

そんな話しを鎌倉教育長と話したら、今度から授業で子供達を海に入れたいと言っていた。

 

そして、今回のウルトラプログラムの内容は、しっかり教育委員会に報告しますと言ってくれた時には、個人的に感動した。

 

最後に、今回の企画はたくさんの協力者の元に行われた。

 

何度もズーム会議を開き、慎重に細かく準備したことで成し遂げた授業。

 

鎌倉は文化人が多く、日本の流行の出発点が鎌倉から始まっていることを僕はたくさん知っている。

 

この企画の発起人は文科省にも所属しており、アメリカより30年も遅れている日本の教育制度を長い年月をかけて変えていくスタートなのかもしれない。

 

 

机上の教育から、実践タイプへ