世界のジャッジの変化 | @DAVID

世界のジャッジの変化

写真は、1966年の世界チャンピオン、オーストラリアで国民栄誉賞も授与されたミスターアニマル、ナットヤング氏
 
 
 
ロングボードにおけるここ25年間のジャッジングの話をしよう。
 
 
90年代初期、フランスのアパレルメーカーオックスボゥが冠スポンサーとして、年に一回、世界選手権を始めた。
 
 
仕掛け人はあのナットヤングで、どんな物事でも裏舞台では必ず仕掛け人がいるものだ。
 
 
最初の試合は93年、ハワイノースショアのハレイワで開かれたコンテスト。
 
 
この試合ではケリーやサニー、グレンウィントン、ロブベイン、ベティアデイヴィッド等のショートボード選手も参加し、ロングボード選手は自分達のプライドをかけて戦ったものだ。
 
 
始めは波が小さかったがファイナルはダブルオーバーのストーミコンデション。
 
 
ファイナルに残ったショートボード選手は、9フィートのボードで巧みに当て込んでくるが、ノーズライディングはない。
 
 
それでもこのままいくと当て込んでくるショートボード選手の優勝ということになってきた時、ラスティ ケアルナがダブルオーバーのフェイスでノーズライドをかました。
 
 
この話はジョエルから聞いた話だが、じつは3発当てこんだグレン ウィントンが優勝という時に、ナットヤングがロングの試合でノーズに行かないものが優勝というのはおかしい!ということになり、ラスティが優勝(笑)。
 
 
こうして、1970年頃のショートボードレボルーションによって消えたロングの試合が復活して第一回の世界選手権を終えた。
 
 
この時から、ノーズとマニュバー、どちらを評価するのか?というのが度々議論になり、それは今でも永遠の課題になっているのがロングボードの試合。
 
 
波が小さければ、9フィートのボードで綺麗に当て込むのはせいぜいエンドセクションだけだから、小波はノーズライディングの試合になるのだが、波のサイズが胸以上になると当て込みとノーズが両方できるので、海外選手の間では幾多に及び議論されてきたことである。
 
 
やがて、オックスボゥの世界選手権が毎年開かれるたびに議論されてきた。
 
 
レユニオンやフランスのギタリーなんかはトリプル近いコンデションで開かれ、きっちりノーズとマニュバーをミックスして、3本まとめた選手が優勝というふうになった。
 
 
しかし、このあとあたりから、だいたい97年前後、カリフォルニア数名、オーストラリア数名、ハワイアン全員、そして、ブラジリアン全員がトライフィン、又はスタビの軽量ボード、ノーズ幅も規定ギリギリで登場し、ノーズをちょこんとかけて、あとはテールでぶんまわし、ジャッジは、8点 .9点をあげてしまう風潮に変わっていった。
 
 
ノーズ20%、テール80%という感じ。
 
 
そうなってくると、世界中の強豪中の強豪、トップ中トップの負けず嫌いが集まっているわけだから、ボードはどんどん規定ギリギリの軽量になっていった。
 
 
重たいボードでノーズを決めようが、半カットバックのよっこらしょローラーコースターでは歯が立たなくなり、いくらきっちりまとめてもせいぜい4点、5点止まり。
 
 
そこに新たな問題が発生した。
 
 
世界中の選手が集まっている中、五人中二人がブラジリアンのジャッジで、二人でも多いのに、今度は五人中三人もがブラジリアンのジャッジになり世界選手権が行われはじめた。
 
 
15年ぐらい前にショートボードのQS6000の試合をブラジル国内でバンバン開催して、ブラジリアンがポイントをバンバン稼いでC Tへ近づいたような、、、まぁ、今となっては半端なくうまいけど。
 
 
当然、カリフォルニア組やノーズを重視する選手達からは大ブーイングの嵐で、何回かは表彰式をボイコットする事態まで発展していった。
 
 
そんなある時、南アフリカのジェフリーズベイでロングボードの試合が開催され、僕はビックウォールのバックサイドは得意な方で、そのヒートは勝ったと思ったけど、結果は負けで。
 
 
そしたら、一緒にツアーを回っていたボゥヤングがキレてジャッジに抗議しに行っちゃって、おおもめに発展。
 
 
僕は黙っていたが、ラスティまでもがあれはデイヴィッドが勝っていたと言ってくれたけど、覆るわけがないので僕は静かにしていた。
 
 
そして部屋に戻ると、ボゥの親友、ジェシーという人物が現れた。
 
 
彼は、ケリーやシェーンドリアン、ロスやマチェドとも仲が良く、ショートボードの試合の裏方をやっている人物だった。
 
 
ショートボードの試合でもジャッジングが分かれることがたびたびあって、そんな時にこのジェシーと言う人物がコントロールするということをこの時に僕は初めて知った。
 
 
彼はショートの試合で選手一人一人に今回のジャッジはどうだった?と聞くポジションで、この時はたまたま南アフリカにサーフトリップに来ていてボゥヤングに会いにきたのだ。
 
 
ロングボードのジャッジングに不満が年々積もってきているのも知っていて、どうにかしようと何故か?僕に相談してきたのだ。
 
 
ボゥが、わからないことはデイヴィッドに聞こう!といい始め、そこにジェシーが僕に頼ってきたのである。
 
 
そこで僕はこうしよう!と脳裏に浮かんだあるひらめきを提案した。
 
 
選手一人一人にアンケートを取ろう!質問は僕が考えると。
 
 
ジェシーはすぐさまパソコンを開き、僕が言った通りにタイプしはじめた。
 
 
内容は、ノーズとマニュバー、どうゆうのが難易度が高くて、どうゆうサーフィンがいいサーフィンなのか?とか、ジャッジはロングボード経験者の方がいいのか?とか、国籍は各国一人にするべきなのか?とか、、、。
 
 
だいたい20の質問を考え、あの時はパソコンが普及しはじめた走りで、メールで選手一人一人に送って、その結果をA S Pの役員やジャッジに見せたのである。
 
 
もちろん、質問を考えたのが自分というのはふせて、、、この話は今日はじめてするので、今まで知っていた者は、僕とボゥとジェシーのみ。
 
 
超極レアな話だよ。
 
 
そのあと、どう変わったかと言うのは、また次回にお話しします。