10年が経ち
歳をとると一年の進みが早く、震災が4.5年前に感じる。
2007年頃、事故がなくても海に放射性物質を捨てる再処理工場の実態を知り、全身全霊で異議を訴えた。
あの頃、国会の横にある議員会館で原子力保安員に外部被曝のみの説明をされたり、あなたが考えているような巨大地震や津波は来ませんからと言われたり、、、僕は、この国の政府の考えや原子力関係者の甘さにびっくりした。
俺が言わなきゃ誰が言う!
僕は使命感にかわれ、サーフィンで15年間世界を回り、試合に勝つと言うエネルギーの1000倍はエネルギーを使ったんじゃないか!と思うぐらい、日本を守る為に原発事故の危険性を訴えていた。
やがて、うまく説明できない摩訶不思議現象や偶然の連続や予知夢の体験をしたのと同時に未来のことがことごとく言った通りとなった。
プロサーフィンの選手会長で革命を起こした自分は、仲間たちのサーフィンネットワークでたったの2か月で署名を10万人集め、サーフィンしている人で凄い人が現れたと日本中の反原発運動している人たちの中で噂が広がり、議員会館での原子力保安員との質疑応答で自分が軸となって論破して風穴を開けていったことで、日本中の反対運動をしている人達から呼ばれ、運動から抜けられなかったのが当時の心境である。
しかし、ついに精神的に疲れ果てた頃、東日本大震災が起きた。
その時に最初に思ったことが、無関心から関心に変わったことで、僕はもう反対運動をしなくていいんだと言うことだった。
反対運動をやりすぎたため、プロサーフィンで稼いだ貯金も底をつきはじめ、サーフィンもろくにできなかったあの5年間は、人には見せなかったが、本当に辛く、凄まじい憤りを感じながら生きていた。
苦しみをみんなに見せなかったのは、皆さんに参加して欲しく、辛い、辛いと言えば、みんなが反対運動に参加しなくなると思って伏せていたのである。
やがて、あることを知った。
先進国で世界で一番ボランティア精神が低い国が日本で、世界で一番ボランティア精神が高い国がデンマークだと。
自分はデンマークと日本のハーフ(海外ではダブル)で、やっぱり、後から思うと血筋の関係もあったのかと。
10年が経ち、思いはそれぞれ複雑で、やっぱり何度考えても、地面が動く日本では原子力はリスクがありすぎる。
たかが電気のために日本が半分住めなくなるリスクが眠っているなんて、こんな愚かな話はない。
日本の知恵を集合させたら、他の発電方法と電力網方法はいくらでもある。
想定外という言葉を利用して、あたかも、巨大地震の存在を知らなかったというのは大嘘で、福島第一原発は低すぎると何人もの人達が指摘していた。
他の地域の原発も同じで、福島第一ほどは低地にはないが、活断層の上に建っている場所も多々あり、それぞれの地域でその危険性を訴えている。
活断層というのは、地表に現れている長い亀裂のことで、日本中の地下に見えない活断層があって、日本中のどこにでも大きな地震が起こりえるという考えがまともな考え方。
例え地表や見えない地下の活断層がなくても、時間軸は長いが、そこに大きな地震が起こりうることはプレートテクトニクスの理論でわかるはずである。
その上に原子力発電所や再処理工場が建っている。
僕は反原発の人でもなんでもなく、この写真に映ってい人達も日本で生きている一人の人間として当たり前のことを言っていて、本当は日本人の99パーセント以上が反原発の人。
それと放射性物質が入っている食事を僕も食べていて、問題ない!問題ない!と政府は言うけれど、考えて欲しいのは、原発事故は想定外だから、放射性物質入りの食事も想定外、一度、事故が起きるとシリビアンコントロールの為、そう言うしかないという風潮が出来上がったことが、個人的に想定外だった。
年間1ミリシーベルト以上浴びてはいけないというルールが、20ミリシーベルトまで上げられたのは、何万人もの人たちの移動や仕事や住居を税金でまかなうと日本がパンクしてしまうため、仕方なくとられた策で、しかも1ミリシーベルトは外部被曝のみの基準。
再処理工場が海に放射性物質を流す話のときも外部被曝のみで、内部被曝は考慮していない。
この外部被曝と粒子を呼吸や食事で体に取り入れる内部被曝の違いを知る必要がある。
日本では人体実験は禁止だから、長い間、放射性物質がこれほど入っている食事を食べたらどうなるか?人類では前例がなく、人々が不安になることは当たり前のことである。
福島第一原発で働いている作業員には敬服する気持ちが震災後にあり、苦しんでいる人々には、どうゆう言葉をかけていいか正直わからない。
でも、一致することは地震国で原発は危険があり過ぎるということだけは確かである。
