自粛の線引きは
難しく、開いているお店、閉まっているお店, 働いている人、自宅待機で働いている人、それぞれあり、人々は困惑している。
強制にすると、政府に対しての保障運動が加速され、政府も困るので、自粛となったことだろう。
誰が政府の立場でも難しい判断。
房総半島の各サーフスポットの駐車場では、先週からロープが張られ、遠回しにノーサーフの意味。
見ていると地元の人達は凡そ入らず、地元ではない人達がここぞとばかりに空いてる海に入っている風潮。
魔女狩り的なこともはじまり、海では無人ウェイブが割れている。
まるで9年前の震災のように、人々は自粛しはじめている。
震災の時、僕は宮崎に避難し、サーフボードを持っていく余裕がなく、もっと言うとサーフィンどころではなく、ほぼ 2か月近く海に入らなかった。
無人の海を見ていると、パンデミックのことを忘れそうになるぐらい時がゆっくり流れるが、現実に戻ると、油断してはならないと強く思う。
週に一回だけ、スーパーに買い物に出かける以外は家にいて、庭をいじったり、ボードのリペアをしたり、軽めのスクワットや腹筋をしたり、台風対策の為、残りのブロック塀作りの準備したり、トイレのドアを作ったりしている。
海に入れない分、山の中を散歩しようと思っていて、山菜のことが少しだけ詳しくなった。
もう山菜シーズンは過ぎたけど、こごみやたらの芽、つくし、せり、菜の花、竹の子の場所を把握した。
家のまわりで、自然にあるもので、何が食べれるんだろう?とか、考えるようになった。
海の生き物は、子供の頃から知っているから、やればいつでも獲れる自信があるけど、山の食べものは、まだまだ、勉強することがある。
このパンデミックにより、お金を使わないで生きていける方法を考えはじめた。
早く、平和になることを望むのはみんな同じで、一人一人が大変な時期を過ごしている。
