『天照の鏡はあなた自身』

突然朝起きるとこの言葉が降りてきました



神社に行くとある参拝者に向けられた鏡

もうすでによく言われている通りの事ですが

「あなたを見なさい」

という意味に用いれれていますね


この国の最高神は天照大神

過去に天照は岩戸に隠れ光を失って困り果てた周りの者達によって導き出されました

この神話は神話ではなく

今までの人類の歩みを表しているのではと感じました

今までの歴史

歴史に抗えず封印してきたそれぞれの自分自身

大きな力や流れ逆らってもねじ伏せられ

あがいても誰も救い出してくれなかった

そんな歴史を生きてきた我々

そして、固く閉ざされた心の扉を開放すべく現代になった訳です

どんな小さな事ですら世界中に発信できるようになりました

昔ではあり得ないこと

それは自らの開放

押し込められていた小さな自分をそれぞれが開け放っている現象

もう自由なんだ

外に出てもいいんだ

周りと違っていても

こんなに当たり前な事でも

それでも世界に自分を伝えていいんだという大きな流れでもあります


それは外への導かれでもあります

閉じこもった内なる空間からの脱却

もっと広い空間へ自らが必要とされる場所へ旅立てと促されているのです

今までの閉鎖的不自由さ窮屈さはこの為のものでもあったのかもしれません

だからその反動で勢いよく飛び出すことができ

そして自分を見詰め

そして自分のあるべき場所

自分の成すべき事へ旅立てるようになったのです


時間が無いそうです

余りにも抑え込まれ過ぎて当たり前になってしまった

籠る事

限界を迎え飛び出す原動力

本当の神話は今から始まるのです

大きく重い岩戸を押し広げた今

本来の役割に戻り

再び光輝く世界を取り戻す時代が再び訪れたのです

何もかも嫌になった世界を再び自らの光で満たし

己の心も満たし

全てを包み込む光となって

再び世界に返り咲く時がやって来たのです

今からでも遅くないのです

早く急いで本来のあなた自身に戻るのです

良いですね

これは私(天照)からのお願いではなく

あなた自身の心からの願いでもあるのですから




最後の方の文あたりからどうやらこれは天照大神様のご意思を表す言葉だったのだと改めて気付きました。




これから行われる伊勢神宮の代理参拝に対してのこの言葉だったのかもしれません。


「小さな目の前の事にどうこう囚われず、もっと広くを見なさい

あなたの役割はもっと広く偉大で影響力のある大切な役割でもあるのだから」


と再び伝わってきました。


伊勢神宮のお決まりの祈願の仕方は個人のお願いではないですね。

閉じこもっていた時は、本当に些細な問題に対しての解決方法をずっと模索していてもなんの解決にもならなくて、世界に必要なあなたが世界に出ていくことであなた一人だけと思っていたはずが、一人という偉大で大きな存在として受け入れられているのだと言う事実。

それを表しているのが岩戸開き神話でもありますね。


自分はちっぽけな存在。

そんな事はなくて、あなたがいないと世界がうまく動き出せないのだと自覚しなくてはならなくて、それは一つ一つのピースを合わせて世界が出来ているのと同じ事であなたの役割が無くなると言うことは世界が機能しなくなるのと同然であるということ。

大袈裟ではなくて本当の事。

なぜならこの世界にはあなたただ一人がいるだけなのですから…




見えない世界の事に携わり始めて、こんな事まで手掛けてしまっていいのかと思える事も多くなってきました。

もしかしたらお節介?迷惑?余計な事?

私が心からそうしたくてやっているのではなく、高次元からのご指示が入ってくるのです。

以前は、無視をしてましたが色々その間にありまして無視できなくなっております。

その事に自分の意思が入っていないと思われるかもしれません。

私もなぜそれを促されているのか分からない時もあります。

それの結果どうなるのか何を一体しているのかすら分からず促されます。

時には無意識であったりする事もしばしば…

人間の私にとってそれはなんの得にもならない事なのにしなくてはならない状況になります。

時間もお金も体力もそれに費やして行く事になります。

何故なのか?

高次元の方には酸っぱく言われている事。

「とにかくやれ」

頭で考えた所で分からない事です。

「とにかく動け 働き掛けるのだ」

と、背中を押してくるのです。

断崖絶壁であろうと危険が潜んでいようと背中を押してくるのです。

それは幻想の恐怖でしかないのだとやってみて初めて分かる感覚。

そうやって自らが動き出さなければ自由は無いのだと

目指す世界には行けないのだと発破をかけられているのです。

この事により何かしらの心の動揺があったのならそこに何かしら原因があって、未解決のままの何かが見つけてくれるのをずっと待っているのかもしれません。

だからとても心が揺れ動くのです。

見たくもない事かもしれません。

触れたくもない事かもしれません。

全てのアイデンティティが崩れ去る事かもしれません。

だけどその恐怖に打ち勝たなければ次には歩み出せないのです。

だからそれぞれの心からの一歩を

それぞれが一歩でも歩みだしたならそれはきっと大きな一歩になるのだと思われます。

それでいいんだと自分に言い聞かせながら

まわりが咎めようと

親友が親戚が親が兄弟が

間違っていると止めてくるかもしれません。

だけどそれは私なのだと決めた時

誰の声も届かなくなります。

それはやっと誰かの人生を生きるのではなく

あなた自身の人生を生き抜く覚悟が出来た証でもある証拠。

だから心から決めた第一歩を踏み出して欲しいのです。

心から休まる事はなんなのか?

心から落ち着ける居場所はなんなのか?

ふと気付ける時

それはあなたが顔を出した瞬間

それをちゃんと認めてあげてください。

そこにいたんだねわたし

それが大きな一歩となって大きな岩戸が開かれていくのです。

大丈夫

大丈夫

だってかつてあなたはそこにいたのですから…





次の代理参拝は、なぜ伊勢になったかは言われておりません。

きっとご参加の皆様の次なる飛躍の為の一押しになるのではと思っております。


あと、若干名空きがございます。

(終了いたしましたm(_ _)m)


ふと、思われた方もしかしたら必要な何かがあるのかもしれません。


本当に伊勢に行くべき人に呼び掛けているのかもしれません。

いつも不思議と必然として必要な方がご参加くださいます。

私には誰がそうなのか予め言われていないので、ただひたすら呼び掛けるのみしかできません。


あなたの中の天照の小さな声を感じ取り聞いてみてください。


それが日常にも大きくこれから役にたってくるのだろうと思われます。




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