修行をしていると長時間の座禅や正座、読経、瞑想、山中の行脚など出てきます。

それはどこまでを続けるかの境目の見分け方ですが、私が神仏さんの修行中に言われたことです。

(今も修行中ですが…これからは修行とかのニュアンスは無くなって行くのかと思います。)


神仏さん「体調不良だけど我慢することと、体に負荷をかけても大丈夫な鍛練は違う 修行を中断しても体調を整える事をせよ」

とのことをよく言われました。

どうしても寝不足や疲労、病中や万全でない時も毎日続けていたらそんな時もあります。

いつもは簡単にやりこなせる事すらままならない時もありました。

その場で倒れてしまうこともあり、さすがに神仏さんは早く切り上げるよう言ってきました。


今の体調でどこまでそれを続けられるのかはその時次第で必ずしも一定でなくてもよくて、長くできる体力と余裕があればやってよくて、大事な人間の用事を後回しにしてまでやらなくてもよいこともあります。

どちらが先決かはその時の優先順位であり自分にとって大事なもの、他の人に悪影響が及ばないようするべきのようです。

時には「やらない」を選択に入れる勇気もあります。

「なにがなんでもやらなくてはならない」は執着心を生むことにもなり、その義務的なものは未熟から来るため鍛練の意味なら「やらなくてはならない」を優先的にする場合もあり、これもどちらか白黒は付けられずケースバイケースでもあり、見極めが大事でもあるようです。


まずは心身ともに万全であってこその鍛練でもあるようです。

くれぐれも自分自身を痛め付ける方向性に行かないようご注意いただけたらなと思っております。


『何かをしたら何かになれる』という決まり文句のようなものは固定観念である場合もありますので、その方法を成し遂げるのみを目的としてしまうと全く別物になってしまいます。


必ずしもそれをやると自動的にそうなれるという保証は無いことものありますので、ご自分に合った方法も探していただけるとよいかなと思っております。



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