
続いてトランプ氏は「連邦航空局の一部のグループが、白人が多すぎると判断し、バイデン政権にそれを即時変更するよう働きかけた」と述べ、「前の政権が資格(能力)ではなく、多様性の目標に基づいて航空管制官を採用していた」と非難した。
これに対し、バイデン政権で運輸長官を務めたピート・ブティジェッジ氏は、「トランプ氏の発言は卑劣だ」として、「家族が悲嘆にくれている時にトランプ氏は嘘をつくのではなく、指導力を発揮すべきだ。我々は安全を第一に事故を回避し、管制官を増やした。バイデン政権では死者が出る民間航空機の事故は一度も起きていない」と反論した。
実は、トランプ氏が一方的に多様性政策と航空機事故を関連付けようとしたのは、バイデン政権が積極的に進めた多様性を含む「DEI」推進政策を廃止することがトランプ政権の優先課題の1つだからである。
「DEI」とは、多様性(D=ダイバーシティ)、公平性(E=エクイティ)、包摂性(I=インクルージョン)の頭文字をとった言葉である。さまざまな人種、民族、文化が集まる移民社会の米国では、これまで企業が多様な人材を公平に採用し、活用するための政策としてこれを推進してきた。
特にこの4年間はバイデン大統領がDEIを重視していたため、多くの企業では数値目標を設けたりして熱心に取り組んだ。ところが、1月20日に就任したトランプ大統領は、連邦政府とその関係機関のDEI政策を廃止し、多様性研修プログラムなどへの補助金交付を停止する大統領令に署名した。
トランプ氏はその理由について、「私たちの制度に多様性、公平性、包摂性が注入されたことで、勤勉、実力、平等が“分裂的で危険な優遇制度”に置き換えられ、制度が腐敗した」と説明。
そして20日の就任演説で、「今週、私は公私のあらゆる側面で人種や性別を社会的に操作しようとする政府の政策を終わらせる。我々は肌の色に関係なく、実力主義の社会を築く。今日から性別は男性と女性の2つのみというのが、米国政府の公式な見解とする」と述べた。
つまり、行きすぎたDEIの推進は白人男性(正確には、白人の異性愛男性)に対する逆差別につながるというのがトランプ氏の主張だが、これによってDEIを推進してきた企業は方針転換を迫られることになった。
● ウォルマート、マクドナルド、メタなどが 続々とDEIから撤退
この大統領令は連邦政府とその関係機関に限定されたものだが、約300万人の労働者を抱え、国内最大の雇用主でもある連邦政府のDEI廃止の決定は民間企業に大きな影響を与えることが予想される。実際、トランプ氏の再選を受けて(あるいは見越して)、DEIプログラムを縮小または廃止する企業が相次いでいる。
小売業最大手のウォルマートは昨年11月、DEIの取り組みを後退させると発した。具体的には下記などを行うという。
(1)女性やマイノリティが経営するサプライヤー(取引先)を優先する方針を撤回し、人種公平性に関する従業員の研修を取りやめる。
(2)社内コミュニケーションで使用する「DEI」という用語を、「ビロンギング(組織の一員であるという帰属意識)」に変更する。
(3)LGBTQの従業員のインクルージョン(包摂性)を高めるプログラムを中止する。
世界中に210万人を超える従業員(米国内で約160万人)を抱え、世界で最も多様性に富む企業の一つとされる同社がこのような決定をしたことは驚きをもって受け止められたが、その裏には保守派による批判と圧力があったようだ。それについては後で詳しく述べる。
また、大手ハンバーガーチェーンのマクドナルドも今年1月初め、上級管理職レベルの多様性達成に向けた具体的な目標の撤回や、サプライヤーに多様性研修の実施を奨励するプログラムの終了などを発表した。加えて同社の多様性チームは、「グローバル・インクルージョン」に改名されるという。
こうした動きはフェイスブックやインスタグラムを所有するメタ、アマゾンなどのテック業界にも広がっている。メタは1月初め、従業員へのメモの中で、「変化する法的および政治的状況を理由にDEIの取り組みを中止する」と述べ、大学入試における人種に関する連邦最高裁判所の判決を引用し、「多様性、公平性、包摂性」という用語が批判されていることにも言及した。
この判決というのは、トランプ大統領が1期目に任命した3人を含む保守派の判事が多数を占める連邦最高裁が2023年6月、黒人やヒスパニックの優遇策を「違憲」と判断したものを指している。最近のDEI批判の高まりの背景にはたしかにメタが指摘した通り、DEIに批判的なトランプ政権に象徴される政治的状況の変化に加えて法的状況の変化もある。
● 保守派からのすさまじい 批判、攻撃、圧力
このような状況を最大限に利用し、企業を標的にしてDEI政策を見直すよう圧力をかけているのが、保守派の団体や活動家、インフルエンサーなどである。そのなかでも特に大きな影響力を持っていると言われているのが、政治評論家で活動家のロビー・スターバック氏だ。
スターバック氏はDEIを「(白人)男性に対する戦争」と位置づけ、白人の異性愛男性を中心に据えて、「男らしさが攻撃されている」と人々の不安や恐怖に訴える議論を展開している(つまり、DEIの取り組みが白人男性など特定のグループに対する差別(逆差別)につながると主張しているのである)。
そして企業のDEI推進を、「“ウォーク(目覚めた)”進歩主義政策が組織の分裂を招いている」と非難し、SNSへの投稿や保守系メディアへの出演などを通して自身のメッセージを広めている(Forbes、2024年12月18日)。
さらにスターバック氏はDEIに積極的に取り組んでいる企業に対する製品購入の取りやめやサブスクリプション(定期利用)の解約などのボイコットを呼びかけたり、場合によっては特定の企業に対してネガティブキャンペーンを仕掛け、SNSで批判的なコメントを拡散したり、カスタマーサービスに苦情を訴えたりしている。
Forbesの報道によれば、スターバック氏がこれまでターゲットにした企業はアマゾン、フォード、ボーイング、クアーズ、ロウズ、ポラリス、ターゲット、ハーレー・ダビッドソン、ジャック・ダニエルズ、キャタピラーなど少なくとも17社にのぼるという。
● 批判をはねつけて DEI推進を継続するコストコ
このような状況のなかで、保守派の批判をはねつけ、経営陣が自らの信念を貫き、DEIの取り組みを継続している企業もある。小売業大手のコストコやテック業界大手のアップルなどだ。
コストコは保守派シンクタンクの国立公共政策研究センター(NCPPR)から、「DEIの推進は白人、アジア系、男性または異性愛者の従業員に対する“違法な差別”につながる可能性があるため、政策の見直しを求める」という趣旨の要請を受けた後、経営陣がその取り組みについて再検討した。
その結果、DEIは従業員やサプライヤーの多様性、公平性を高める上で重要な役割を果たしていること、多様性に富む従業員は会社の商品・サービスの提供に独創性と創造性をもたらし、顧客の満足度を高め、長期的なビジネスの成功に不可欠であることなどを改めて確認した。その上で取締役会での満場一致の決議を経て、NCPPRの要請を拒否したという(Sustainability magazine、2025年1月8日)。
コストコは多様な人材を育成することで従業員の定着率と満足度を高め、顧客体験(商品やサービスを利用する際の顧客視点での体験のこと)を豊かにできると主張している。
ニューヨーク大学スターン経営大学院のアリソン・テイラー教授は同社の取り組みを「2025年に向けての勇気ある賢明な戦略」と称賛し、こう述べている。
「困難な政治的状況にどう対応するかについて、重要なことを教えてくれています。多くの企業が困難に直面して、同じ方向にハンドルを切っている(DEIを縮小・廃止している)なかで、同社の戦略(DEI推進を継続する)は競争優位性をもたらすでしょう」(同前)。
小売業界で進歩的な勢力であり続け、業界で最も高い賃金を提供し、良い評判を維持している同社は声明のなかで、「多様性は当社にとって単なる方針ではありません。多様性は私たちが日々会員(顧客)とつながり、サービスを提供する上で不可欠なものです」と改めて強調している。
コストコの他にアップルも保守派の要請を拒否し、DEIの取り組みを継続するとの立場を表明した数少ない企業の1つである。
● DEIは終わったのか 専門家の見解は?
多様性推進の取り組みを縮小・廃止する企業が続出するなかで、「DEIは終わったのか?」との声も出ているが、はたしてどうなのか。
世論調査の結果を見ると、企業のDEIの取り組みに対する支持は依然として高いことがわかる。
ピュー・リサーチ・センターの最近の調査では、企業の従業員の52%が、「職場のDEI向上を重視するのは良いことだ」と答え、「良くない」(21%)、「どちらでもない」(26%)を大きく上回っている。
また、米国の経済団体や労働組合などで構成される非営利の民間調査機関「カンファランスボード」の調査では、従業員の58%が「自分の職場がDEI推進のために適切な努力やリソースを費やしている」と回答したという(Forbes、2024年12月18日)。
それでは企業のDEI政策は今後どうなるのか。
インディアナ大学ケリー経営大学院の教授でDEI推進コンサルタントでもあるジュリー・クラッツ氏は、次のように予測する。
「短期的には政治的環境はスターバック氏のような保守派に有利になるでしょうが、より大きな社会情勢は依然としてDEIに好意的です。結局のところ、多様性は事実です。米国はますます多様化しており、お互いの違いを認め合うという政策は正当化されます。
公平性は公正さとともにほとんどの人が望んでいます。私が思うに、短期的にはDEIという用語は変更される可能性はありますが、DEIの取り組みは継続されるでしょう」(同前)。
加えて重要な点は、企業がDEIを推進すればビジネス上のメリットになるということだ。
マッキンゼー・アンド・カンパニーのレポートによれば、多様性に富む経営陣を持つ企業は、収益性で同業他社を上回る可能性が36%高くなるという(Linkedin、2025年1月16日)。
それは前述のコストコがDEIは長期的なビジネスの成功に不可欠であると主張し、実際に小売業界で最も高い賃金を提供していることからも理解できる。
一方で、企業がDEIプログラムを縮小または廃止すれば経費を節約できるかもしれないが、長期的には評判の失墜や従業員の士気低下などを招くリスクがあるとの指摘が出ている。
DEIおよびIT専門家のアナ・ナヴィード氏は、DEI推進のメリットについてこう説明する。
「効果的なDEIとは、多様な人材を採用するだけではありません。従業員が安心してアイデアを共有できる環境を作ることです。グーグルなどの企業はチームの心理的安全性(組織のなかで自分の考えや気持ちを誰に対しても安心して発言できる状態)を重視しています。(中略)多様性が失われると、イノベーションが損なわれます。ある研究では、多様性に富むチームは意思決定が優れ、革新的なアイデアを生み出す可能性が高いことがわかっています」(同前)。
米国はますます多様化しているという事実やDEI推進によるメリットなどを考えれば、企業の取り組みは短期的に後退しても、長期的には継続されていくだろう。
● 在米日本企業も DEI後退の影響を受ける
米国企業のDEI後退の動きは、米国に進出している日本企業にも影響を与えている。複数の米国メディアによれば、トヨタ自動車と日産自動車は保守派の反DEI運動の標的となり、LGBTQなど性的マイノリティの人権団体が実施する支援プログラム「企業平等指数」への参加を取りやめる決定をしたという。
トヨタ自動車は「多様性を重視する姿勢に変わりはない」としたが、DEIから後退した感は否めない。
米国に進出する日本企業が認識すべきことがある。それは、米国には個人の人種、性別、出身国、肌の色、または宗教などに基づく雇用上の差別を禁止した「公民権法第七編」(1964年制定)、人種、性別、障害などが原因で差別されている人を救済するための積極的差別是正措置「ファーマティブ・アクション」(1965年)、連邦最高裁が2015年に下した同性婚の合憲判決などがあり、これらを基にして、企業の多様性、公平性、包摂性を推進する政策が作られているということだ。
しかし、日本にはこのような歴史や経験はなく、企業のDEIへの取り組みも比較的遅れているように思われる。在米日本企業はこの点を踏まえた上で、最近のDEI批判の高まりや米国企業のDEI後退の動きに影響されることなく、長期的な視点に立ってこの問題に取り組むことが大切なのではないか。
(ジャーナリスト 矢部 武)
矢部 武
