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ユリの木の下で

ゆりの木の下で生まれ
ゆりの木の下で遊び
ゆりの木の下で大きく成りました

船橋市:弓場清孝のプロフィール

船橋市:弓場清孝

 

船橋市:弓場清孝

千葉県船橋市海神に在住
元、原発作業員 

現在71歳、

大動脈弁置換、人工血管置換、心臓機能障害1級、左目光覚無し、左耳聴覚無し,

2017年6月8日脳卒中にて倒れるも

リハビリ回復(機能障害残)

 

目標は「活きる」「生きる」

 

弓さんノートより

↓

信州戦争資料センター(まだ施設は無い…)

 

のノート記事を見て見ました

戦後80年、

歴史を知らない人をだまそうとする人が

たくさん出てきて、

その結果、

最低限の人としての敬意を失う人も

出てきた

=☆メンバーシップ記事

信州戦争資料センター(まだ施設は無い…)

 

大平洋戦争下の1942(昭和17)年2月3日、

戦時下の増産で違法状態の浅い海底炭鉱

「長生炭鉱」(現・山口県宇部市)

で

落盤事故が発生し、

朝鮮人136人を含む183人の方が亡くなられました。

 

「長生炭鉱“水非常”を歴史に刻む会」

に

より

 

 わずかでも御遺骨が回収されたことで、

より慰霊の気持ちが形となりました。

決して忘れていないんだよと

残る御遺骨にも伝わるとともに、

多くのご遺族の気持ちにも、

海の底に思いが届いたよという、

象徴的な出来事であったと思います

 

 戦時下の事故で亡くなられた方のご遺骨を回収して鎮魂し、

できればご遺族に返したいというだけの、

民間団体による運動に、

なぜ敵意を示せるのか。

 

お互い戦争状態でもない隣国

(むしろ、戦時下にあるのは分断された朝鮮半島)に対し、

 

すぐ、たかるとか、そうした蔑視感情をぶつけられるのか。⚡