こんにちは。
安藤 秀子です。
「失敗から学ぶことが大切」
よく聞く言葉ですよね。
私も、そう思うんだけど・・・
昔の私は、
失敗したらどうしよう。
間違えたらどうしよう。
という気持ちが、とても強かったんですよね。
(今でも、いい気分はしない)
ただ、今ならわかるけど
失敗そのものが怖かったというより
子供の頃から、ものすごい勢いで
「だから、言ったじゃない」とか
「だいたい、いつもあなたは…」
という言葉で叱責をされていたから
「拙者、死んでお詫びを・・・」
くらいな気持ちになっていたから
怖かったんだよね。
(武士か?!と思うけど
これ、ホントの話(苦笑))
だから、自分で自分に向って、
「なんでできなかったんだろう」
「どうして気づかなかったんだろう」
と、自分に問い詰め続ける癖が
抜けないのかもしれない。
そのせいか
「失敗してもいいよ」という言葉も
次に進めるための
勢いや安心できる言葉ではないんだよね。
その理由は、
失敗してもいい。からの
失敗したときに
その後、どうしたらいいの?
どう、自分を立ち直らせたらいい?
というところが、わからなかったから。
そんな私の、失敗への見方が
変わるきっかけになった出来事はある。
昔、ある仕事での感想の書き方で、
「できなかったこと」を
書き並べるより
「できたこと」
「勉強になったこと」を
たくさん書いてごらん。
って、言われたんですね。
その時、
「あ、失敗からの反省って
なぜ、出来なかったんだろう?
と振り返ることじゃないんだ…」
と、思った。
しかも、そのアドバイスをくれた相手は、
いつも、自分自身の過去の失敗も
隠すのではなく
「こういうことがあった」
「だから、こうした」
と、面白おかしく話してくれていたから
余計に説得力があったのよね。
そんな話を聞いているうちに、
失敗って、
恥ずかしいものでも、
隠すものでもないんだな、
と思うようになってきた気がする。
もちろん、失敗しないための
練習はする。
それでも、本番では
冷や汗をかくことも、
誰かに謝ることもあった。
でも、そんな時も
責めることなく
「どうしたらいいか」を
一緒に考えてくれる人がいたので
「どうしましょう」
と聞けることにも
当たり前にできるようになり
それが、次に活かせるようにも
なってきたのよね。
とはいえ、今も、
責める癖が全くなくなったわけではない。
つい、自分を責める癖が
ある人ほど、何か起きると
「私が悪かったんだ」
で、片づけてしまいがち。
(私も、今でも、ついそう思う)
でも、あの日の言葉から、
失敗する=ダメなこと
という見方から
「失敗から学ぶことが大切」
という意識や
「失敗してもいいからやってみよう。
(失敗したらそのあと考えよう。
誰も責めないし、命までとられない)」
という、転んでもただは起きない精神が
徐々についてきたんだと思う。(笑)
加えて言うと…
こころの勉強をしてわかったことがある。
それは、人の失敗を
必要以上に責める人は、
失敗した人の問題ではなく
責める側の問題だということ。
とはいえ、言われた方にしてみれば
怖いし、腹が立つけど(苦笑)
でも、「失敗したこと」と
「必要以上に責められたこと」は
別の話。
(混ぜたら危険(笑))
もし、失敗することよりも、
失敗した後に責められることが
怖くて動けないのなら、
一度、この二つを分けて考えてみても
いいのかもよ。
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