おっさんや読者さんへの
お悩み相談のしかたは
こちらから
↓
相談窓口がこの数か月
不具合があったみたいで
携帯から送れなくなっていた模様
なので
アメブロのメッセージ機能使ってね。

ど~も~
でっかいおっさんです。
うんこがしたくて
彷徨った後も
宝塚散歩をしている
おっさん。
どうして
そんな所で散歩しているのか?
と言いますと
宝塚にきておりました。
おっさん
子供の習い事
ずっと見とかれへんねん
子供の
習い事とかで
お母さんとかずっと体育館とか
グラウンドで見てる人おるやん?
朝送ってきたら
そこから駐車場停めて
体育館行って
午前中であろうと
一日中であろうと
ずっと
その場におる保護者って
おっさん
見とかれへん人やねん。
自分がやっていた
バスケということもあるやと思うねんけど
試合に出ない
公式戦は
見とけるねんけど
練習試合の場合
Bチーム
Cチームの試合とかも
あるので
そういう試合に息子が
出たら出たで
どうしてそこでそんなミス?
どうしてそこ頑張らない?
普段家で練習しないからや?
なんて
思っちゃうし
帰りに口出したりも
してしまいそうなので
それなら
元から試合を観ない選択をし
待ち時間の間
その辺を散歩したり
読書したりすることにしています。
だから
現地にずっといてる
保護者って凄いな~
っていつも
思っております。
推し活感覚なん?
それとも
面倒くさいな~
って思いながらも
付き合いで観てるんだろうか?
まぁ
とにかくおっさんは
おっ散歩に時間を使う。
今回
宝塚を歩いていると
お墓があって
おぉこれは
寺の墓?
市営の墓?
なんてチラチラ墓を見ていたら
墓の敷地に
近づくと
零戦?
宝塚に?
何で?
と
気になり縁起を読む
ほうほう
なるほど
なるほど
かいつまんで
書くと
特攻隊の人々が
鹿児島の鹿屋に行く前に
訓練する基地の近くで
育った
信者のKさんはずっと
少年兵の雄々しい姿
それを見送る家族の涙一杯の顔
お別れの光景が忘れられない。
それから33年経ち
英霊になられた人々のその時の心の中
見送る家族の心の中
その心の中が痛いほど
はっきりと胸にうつるようになる。
自分の子供が
同じような年ごろになり
さらに一層
切実と胸の痛みを感じるようになった。
今の世の中は
行きたい所に行き
食べたい物を食べ
平和を謳歌できるのは
誰のお陰なのか?
私たちに代わって
国のためにあえて何の疑いも持たずに
戦死された方々を忘れてはならない
その方々を慰霊せねば
罰があたる
家でも国でも同じ事ではないか?
そんな気持ちを持っていた時に
住職に出会う。
住職は住職で
ある時
軍人のお墓をみた子供が
お母ちゃん!
あれ、誰のお墓?
アレはね、だまされて、
戦争して、
死んだ人のお墓よ
こんな光景を目にして
大きなショックを受ける
英霊の遺書などを掲示板に設けて
一人でも多くの人に
この国を守った人たちのことを
知り、手を合わせて貰いたいと
思っていた時だった
こんな二人が出会い
大きな熱量で動いた結果
できたのが
宝塚聖天さんの
英霊礼拝堂
大光明殿
とのことでした。
掲示板には
遺書が
掲示板の前で
泣きそうになる。
若い時に読んだ時とはまた
全然
違う気持ちが湧きおこる。
若い時はもっと
軽い気持ちというか・・・
どっちかというと
自分も同じ立場になったら
こんな風に
いけるだろうか?
だったけれど
父になった今は
父として息子を
送り出す側の気持ちも考えるようになると
と
この日は
うんこから始まり
りくりゅうペアのりくの卒業中学校付近が
どんな所か歩きに行き
英霊に頭を下げ
手を合わる
気持ちの振れ幅が
広い一日となりました。
完







