得意なこと。
不得意なこと。
それが誰よりも顕著で凸凹な小学5年生の息子。
そんな息子が2026年に中学受験をすると言い、通塾中です。
特性がある子の中学受験に向けての姿をリアルにお届けしています。
同じく特性を持つ子のヒントになればいいなぁ。
「あー、良い天気!」
そう空を見上げて深呼吸したくなるような、気持ちの良いお休みの日。
公園からは子どもたちの楽しそうな声が聞こえてきたり、親子連れが手をつないで楽しそうに出かけていく姿を目にしたりすると、心がきゅっとなる瞬間はありませんか?
ポストに入っていた週末イベントの華やかなチラシ。
遊園地の割引券、地域のフェスティバルのお知らせ…。
それらを見るたびに、
「ああ、その日は塾やわ。連れて行ってあげられへんな…」
と、胸の奥からじわじわと悲しさがこみ上げてきます。
今日のブログは、私の弱音を吐いたものです。
つくづく私は弱いなぁと思うことが多くて、その感情を持つのも「私」なので、ちゃんとそこも書き残しておくことにしました。
本田圭佑さんのような生き方に憧れます。
そうなれる、そうなれないはおいといて。
憧れて目標にする。
それだけで前を向けてる気がするのです。
終わりの見えない「なんでだろう」
「中学受験なんて、ぶっちゃけ、しても、しなくてもいいものなのに。」
何度そう自分に問いかけ、後悔の念に囚われたかわかりません。
「なんであの時、この道をスタートさせてしまったんだろう…」
と、自問自答を繰り返すたびに、親としての無力感に苛まれます。
学校が早帰りの日。
「ちょっと遊んできたら?」
そう声をかけても、
「いい。宿題やらなきゃいけないから。」
という息子の返事。
そして夜。
「そろそろ寝なあかんで。」
と促しても、
「もう少しやってから寝る。」
そう言って、テキストに向かう息子の姿。
そういう姿を見るたびに、親として、なんと言葉をかけてあげたらいいのか分からなくなります。
この我慢の先に、何があるのだろう
いったい、この我慢の先に何があるんだろう。
遊ぶ時間を削り、睡眠時間を削ってまで、毎日毎日、小さな背中で大きなプレッシャーを抱えながら頑張っている息子。
そして、その姿を見るたびに、「これで本当にいいのだろうか」と葛藤する私。
正直、こういう思考になること自体、
「ああ、私、もう心が折れてるんやな」
って思います。
子どもより先に弱音を吐いている自分を情けなく思う時があります。
「応援する」と決めたのだから、最後まで、この小さな挑戦者を、ちゃんと支えていかないと。
先輩たちが見てきた景色はどんなものだったのだろう。
私も息子と一緒に見たい。
我慢にも色んな我慢がある
あれはいつだったかな?
そう話した私に息子は
「そりゃ、遊びたいよ。でも今は我慢しなあかんやん。」
とあっけらかんと答えました。
そうだね。
今は我慢するときだね。
これもメリハリ。
今しか遊べないとつい思ってしまうけれど、終わったらたくさん遊ぼう!
我慢できていないのは私の方かもしれない。
