軽度のASD&IQ130の小2三男の話。
もう少しで修了式。
小学2年生もおしまいです。
そんな話を三男としました。
そうなんだよ。
○◯係の仕事をする時に、人の名前がわからなくてすごく大変だったから、ノートにいっぱい書いて覚えたの。
黒いめがねをかけていて、髪の毛は短くて、顔は丸くてって特徴と名前を書いて、何度も見て覚えようと頑張ったんだよ。
もう、ばっちり!
名札の名前をジーッと見なくてもわかるんだよ。
いや…、ほんまにすごい。
親バカだと思われてもいいです。
ほんまにすごいと思い、三男の前で泣きそうでした。
この子が人の名前や顔を覚えることが難しいのはよく知っています。
担任の先生からも
「特性上名前を覚えることは難しいのかもしれないけど、彼なりに一生懸命なんですよね。そこを理解した上で『名前を覚えてもらえたら友達は嬉しいよね』と話したことがあります。」
といったことを聞いていました。
自由帳に、友達の名前を書き、特徴を書き、その人が好きだと言っていたものを書き、思い出せなくなると自由帳を見返して思い出す。
それを1年間繰り返し、ようやく35人の名前と顔を覚えた。
本当によくがんばりました。
誰かに言われてやったのではなく、
自分の意思で自分が工夫してやる
これが、三男を見ていると顕著。
みんなには当たり前にできること。
でも、自分にはできないこと。
だから諦めるのではなく、どうしたらできるだろうか?と考えてやってみる。
結果、できなくてもいい。
その経過がとても大切なので。
それでも、頑張った結果がでると嬉しいんですけどね。
できないからとやらせないのではなく、できないけどこれならできるかもとチャンスを与えて見守ってくれる環境があったからこそ、やってこれたこともわかっています。
これらへの感謝の気持ちは忘れずにいたいと思います。
* * * * * *
書き添えておきたいことがあります。
私や三男が受けてきてよかった対応を学校に
「こんなにいいことなんだから、そうして欲しい」
と要求しているわけでもなく、また、どの先生にもこの対応を求めているわけではありません。
できること、できないこと。
それは子どもだけではなく、大人も含めて全てに当てはまること。
先生だからできるでしょ。
というのも暴力的だとわかっています。
どこまでならお願いできるのか、
どういう方法なら可能なのか、
お互いの「できる、できない」を擦り合わせながら、これからもやっていけたらと思います。









