ご訪問ありがとうございます。
田舎の田んぼでは
あぜ道いっぱいに咲いてる彼岸花も
街中ではひっそり寂しく咲いています。
断捨離トレーナー講習生の
伊藤京子です。
前回の母との関係の続きです。
家を出る頃には、
母と会話をすることもできないくらいに
関係は悪化していました。
決定的だったのは、私と母との様子を見ていた長男が、
「ばあちゃんにそんなに冷たくしたら、
お母さんも、ばあちゃんみたいになるよ」
お母さんもいずれ、
今のばあちゃんみたいに、
子供や孫から相手にしてもらえなくなるという事です。
子供の目にそんなふうに見えていたと思うと、
たまらなく恥ずかしくなり、
これ以上母と一緒にいることはできませんでした。
家具や生活用品など殆ど残したまま、
逃げるように家を出ました。
自分が建てた家にも未練はありませんでした。
それでも、しばらくは孫に会わせようと
年末年始には家族で帰っていたのですが、
数年後には、それさえできなくなりました。
私の心が罪悪感でいっぱいになっていたからです。
家とり娘なのに、
母を一人残して家を出てしまった。
これから年老いていく
母の面倒を見る覚悟は持てない。
母の期待に応えることができない私は
とても親不孝な子供だ。
こんな思いの中で、
一人ぐるぐる回り続けたのです。
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そんな母が手術をすると
妹から連絡がありました。
3年前のことです。
命の危険がある病気ではないけれども、
手術の結果によっては
最悪な場合もある。
妹は、
帰ってきた方がいいと思うよ
と言ってくれたのですが、
なかなか決心はつきませんでした。
手術がうまくいけば、
また会う機会もあるだろうけれど、
万が一の場合はこれっきりになってしまう。
そうなってしまったら、
きっと
心の中の罪悪感は
増殖し続ける。
帰る決心をしました。
しかし、帰ったところで、
3年ぶりに会う母と、
会話などできませんでした。
過呼吸を起こすのではないかと
思うくらい苦しくなっていました。
予定では、入院は2週間くらい。
退院後の安静を含めて、
1ヶ月くらい実家にいる事にしました。
犬がいるのでその世話が主な仕事です。
なんとか、母の手術も無事に終わりました。
母が入院している間に
私は、家に置いたままのモノを片付け出しました。
長年手入れが行き渡らない状態で、
台所の汚れはかなりひどくなっていた。
台所は家族全員が使っていた頃の
調理器具や食器がたくさんありました。
母一人では使わないものも多くあります。
もともと自分のモノですから、
母が使ってないものは、
バンバン捨てました。
捨てて、掃除して、
捨てて、掃除して
繰り返すうちに、
母の見舞いにも行き、
話もできるようになったのです。
誰もいない家で、
ひたすら、捨てて、掃除して、
体を動かしたことが
良かったのかもしれません。
まだ、断捨離に出会っていなかったのですが、
捨てて掃除をするということが、
止まった時を動かして、
固まった気持ちを溶かしていくように
感じていました。
その数ヶ月後にネットで、
断捨離に出会うのです。
最後までお読みくださって
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