日本選手権。
ロンドンオリンピックの最終選考会だった日本選手権、寒くて雨の降っている中、たくさんの応援ありがとうこざいました。
とにかく今は全く生きた心地がしないので、何か書こうと思います。
棒高跳を始めてから20年、今回の試合はその20年の中で一番過酷で厳しい戦いでした。
技術がどうのこうのというよりも、気力だけの勝負。
でも一瞬たりとも気を緩めることはなかった。
気を緩めた瞬間に負けると思ったから。
結果的には長いジャンプオフの末に負けてしまいましたが、あのとき自分にできることは尽くしました。
跳んでいるとき、すごい雨と風でかなり寒いのに、競技場には応援してくれる人がたくさん残って、
いろんな所から「大地ー!」って声かけてくれて、
一緒に試合に出ていた選手のみんなもずっと残ってサポートしてくれて、
陸上やってきてよかった、棒高跳やってきてよかった、自分は本当に幸せだなって感じました。
とにかくオリンピックに行きたい。
その一心で、あの場で戦い続けることができたこと、
純粋に棒高跳が好きで好きでたまらない、そんな気持ちで跳べたこと、
何よりも棒高跳と純粋に向き合えたこと、幸せでした。
負けたことは悔しい。
試合後、インタビューであんなにも頭が働かず言葉が出てこなかったのは初めてでした。
勝負の世界。勝つこともあれば負けることもある。
でも一番大切なことは、その競技に対して純粋に向き合い、前を見て努力し続けることだと思う。
オリンピック。
とにかく行きたい。
今はそのときを信じて待つだけです。
そして、今年から所属となった富士通の関係者の皆さん、富士通陸上部の皆さん、サポートしてくださっている関係者の皆さん、コーチ、応援してくれていた両親、弟くん達、おばあちゃん始め親戚の皆さん、サポートしてくれていた選手のみんな、応援してくれていた全ての皆さんに、感謝申し上げます。
本当にありがとうこざいました。
自分を信じて。
とにかく今は全く生きた心地がしないので、何か書こうと思います。
棒高跳を始めてから20年、今回の試合はその20年の中で一番過酷で厳しい戦いでした。
技術がどうのこうのというよりも、気力だけの勝負。
でも一瞬たりとも気を緩めることはなかった。
気を緩めた瞬間に負けると思ったから。
結果的には長いジャンプオフの末に負けてしまいましたが、あのとき自分にできることは尽くしました。
跳んでいるとき、すごい雨と風でかなり寒いのに、競技場には応援してくれる人がたくさん残って、
いろんな所から「大地ー!」って声かけてくれて、
一緒に試合に出ていた選手のみんなもずっと残ってサポートしてくれて、
陸上やってきてよかった、棒高跳やってきてよかった、自分は本当に幸せだなって感じました。
とにかくオリンピックに行きたい。
その一心で、あの場で戦い続けることができたこと、
純粋に棒高跳が好きで好きでたまらない、そんな気持ちで跳べたこと、
何よりも棒高跳と純粋に向き合えたこと、幸せでした。
負けたことは悔しい。
試合後、インタビューであんなにも頭が働かず言葉が出てこなかったのは初めてでした。
勝負の世界。勝つこともあれば負けることもある。
でも一番大切なことは、その競技に対して純粋に向き合い、前を見て努力し続けることだと思う。
オリンピック。
とにかく行きたい。
今はそのときを信じて待つだけです。
そして、今年から所属となった富士通の関係者の皆さん、富士通陸上部の皆さん、サポートしてくださっている関係者の皆さん、コーチ、応援してくれていた両親、弟くん達、おばあちゃん始め親戚の皆さん、サポートしてくれていた選手のみんな、応援してくれていた全ての皆さんに、感謝申し上げます。
本当にありがとうこざいました。
自分を信じて。